3-叛逆の仕事術

低きに流れ続けて あるいは惰性の効用

「水は低きに流れ、人の心もまた低きに流れる」

というセリフが、とある内庁のとある合田さんから出てきます。

「水の低きに就くが如し」といったのは、孟子でしたっけ。

水が低いほうに流れるように、自然のなりゆきは、止めようとしても止められないことのたとえ。また、ごく自然にそうなることのたとえ。

人の心にとって「低い方」とはどちらでしょうか。

人の心的に「自然な方」とはどういった方向でしょうか。

低俗、愚衆、無知、熱狂、狂信、…

たぶんとある合田さんのセリフは、そういうことを含んでいたのだと思います。

それが「低い方」であり「自然な方」なのでしょうか。そもそも何を持って、それが「低い」と断じることができるのでしょう。

「楽な行動」が、低い方なのでしょうか。

だとしたら、苦行(のように見えること)を毎日続けている人は、高い方に向かって抗い続けているのでしょうか。

「3ヶ月続ける」というのは長い(ライフハック心理学)

というように、最初の頃は決して容易ではないのです。そして私は、未だになれてはきません。歯磨きせずに寝てもあまり気持ち悪くないですが(とは言えここ10年はたぶん欠かしたことはないですが)ブログをアップしなくても全然気持ち悪くはないです。むしろラクになりそうです(笑)

私は、ここ数年、欠かすことなく毎日ブログを更新しています。

おそらく毎日更新しようと思ってできていない人からすれば「すげー」という感じになるのでしょう。でも、本当のところはどうでしょうか。

朝起きて、パソコンに向かい、「よし!ブログを更新しよう!」と目をキラキラさせながら、テキストエディタに向かう。なんてことはありません。そういうモチベーションをブログに割り振るような行為は一切していないのです。

よく、伝わりやすいように「ブログをアップしないと気持ち悪くなる」なんて表現を使いますが、実際の所は、たぶん「負けた気分になるのが嫌」というのが実情に一番近いのかもしれません。

これまでずっと連続更新している記録が消えてしまう。それがもったいない。

たぶん、この表現も100%正確ではありません。

私にとって、「自分がブログを更新している」というのが自然な状態なのです。その状態がプラスマイナスゼロなのです。だから、その日、ブログを更新していないと気分的にはマイナスです。そして、ブログを書き終えると、それがゼロに戻ります。

みなさんも外出するときは服を着るでしょうし、スーツを着たらネクタイを締めますよね。それが「自然な状態」だから。もちろん、突き詰めて考えていけば合理的な理由も出てくるでしょうが、毎日服を着るときにその合理的な理由に依って行動しているわけではないでしょう。

乱暴に言ってしまえば、惰性なのです。

「そうであるから、そうしている」

という状況が繰り返されているのです。

先日、パズドラで連続ログイン300日目のボーナスをゲットしました。魔法石10個です。

もう10ヶ月も、毎日パスドラを起動しています。「そんなに面白いのか?」と訊かれたら、力強く頷くことはとてもできません。中高生の時のような「よし!ゲームしよう!ゲーム!」という感じではなくて、単に起動して遊んでいるだけ。惰性です。
※別につまらないわけでもない点には注意。

ブログの場合、アウトプットが残るので惰性でやっていることでもそれなりの評価をしてもらえます。実際、ブログを毎日続けていることで得られることはたくさんあるのですが、それが主たる目的ではないのです。

とすれば、別に惰性も悪いことばかりではないような気がしてきます。

惰性とは何か?

って難しく考えると際限がなさそうですが、人間の場合で言えば、「判断しない」ことだと思います。判断・選択・思考と表現はいろいろありますが、そういうことをしないで行動するのが惰性。

その意味で、私のブログの更新はまったくもって惰性です。「ブログを更新しようかどうしようか」なんて考えてませんから。

何かを考えたり、判断するのは脳的に面倒なものです。きっとエネルギーも消費するのでしょう。

その点、「昨日そうであったことを繰り返す」というのはラクチンです。

だから、これまでやっていなかった「長期的にメリットがあるけれども、短期的にはしんどい」という行為を続けるのは難しいのです。これまでやっていなかった、ということは、これまでは「短期的にはラクだけど、長期的にはメリットがない」という行為を続けていたのでしょう。

そして、私たちは「昨日そうであったことを繰り返し」ます。

もし、行動をとる前に、判断・選択・思考が行われたとしたら、昨日までとは違う行動が出てくるかもしれません。でも、そういうことはあまり行われないものです。

いや、そんなことないよ。きちんと考えているよ、と思われるかもしれませんが、たいていの場合「選択」は行われません。お腹が空いているときに、目の前に美味しそうな食べ物が出てきたら、そこで行われるのは「食べるかどうか」の選択ではなく、「食べるための理由探し」です。うん、自分は食べて良いんだという理由柱の補強作業です。それは選択ではありません。

さいごに

奇妙なようですが、2つのことが言えそうです。

1つは、判断しない__つまり惰性__で「良い行動」が出てくるようになればもうけもの、ということ。
もう1つは、判断しないと行動はなかなか変わらないよ、ということ。

一点付け加えれば、「記録で行動を変える」系の話が効果的なのは、行動の前に「判断」が発生するようになるからではないかと思います。

▼参考リンク:

攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIGの名言集(漫画とアニメのこりゃまたパビリオン!)

の低きに就くが如し(コトバンク)

▼こんな一冊も:

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