7-本の紹介

【書評】わかりやすく説明する練習をしよう。(リー・ラフィーヴァー)

かるい気持ちでページをめくり始めたことは確かだ。

わかりやすく説明する練習をしよう。 伝え方を鍛える コミュニケーションを深める
わかりやすく説明する練習をしよう。 伝え方を鍛える コミュニケーションを深める リー・ラフィーヴァー 庭田 よう子

講談社 2013-12-03
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※献本ありがとうございます。

「わかりやすく説明する練習?」

これでもいちおう職業的物書きである。しかも、ビジネス書は「何かを説明する」ための本だ。でもって、拙著を読んだ人からは「わかりやすい」という感想を頂いていたりもする。練習なんて、いまさら必要ないよ。明らかに傲慢だが、そういう気持ちを抱いていた。

それに、ちまたに溢れる「わかりやすい説明」系の本を見るたびに、がっかりした気持ちを味わっていたこともある。そこには本質的なことが、ほとんど何も書かれていない。きっと、この本も似たようなものだと高を括っていたのだが、「はじめに」を読んでその思い込みは一蹴された。

気になってすぐさま表紙に戻り、原題を確認する。

「the art of explanation」

そう、説明は技術なのだ。

プロの説明屋

著者のリー・ラフィーヴァーは、コモンクラフト社の創設者であり、チーフエクスプレイナーでもある。

チーフエクスプレイナーという肩書きも奇妙だが、そもそもコモンクラフト社自体が一風変わった会社である。何かを「説明」する会社なのだ。その主要な舞台は「動画」である。基本的には英語だが、日本語版もあるようだ(参照)。

さて、チャレンジタイムだ。いまあなたはブログを読んでいる。もしかしたら自分で運営しているかもしれない。では、インターネットは知っているけれども、ブログについては何も知らない人に、「ブログって何がすごいの?」と尋ねられたと想定していただきたい。そして、3分間でそれに回答して欲しい。

コモンクラフト社の回答は以下だ。

コモンクラフトのブログの説明

切り絵を使ったシンボリックなイラストと、その動的な展開。簡単でシンプルな言葉遣い。それらを駆使して、Blogが持つ「すごさ」がきっちりと説明されている。
※日本語に翻訳されていると少し早口に聞こえるが、意味が取れないほどでもないだろう。

コモンクラフト社は、ブログ以外にもWikipedia、Twitter、クラウドコンピューティングなど、名前はよく聞くけど、中身はよく分からない言葉についての解説動画を作成している。どれもが短い時間ながら、ツボを押さえた説明になっている。プロの説明屋なのだ。

概要

そんなコモンクラフトのチーフエクスプレイナーが、「説明」について説明したのが本書である。3つのpartに18のChapterが収められている。

「Part1 構想を練る」では、まず説明とは何かを説明し、その後、成功する説明についての道のりを提示していく。踏み外すと失敗してしまう要素についても開示される。私が考えるに、この部分がもっとも重要だ。

「Part2 パッケージする」では、うまい説明を行うためのアイデアと戦略が紹介される。いわゆるテクニックの話だ。

「Part3 提示する」では、作成した説明をいかに展開するのかについての考え方が紹介される。作るだけ作っても、見てもらえなければ意味はない。メディアは媒体となってナンボである。

説明についての重要なことがら

忙しい読者さんのために、「説明」についての本書の要点を3つだけ抜き出しておこう。

  • 説明を受ける人の知識・理解は一様ではない
  • 理解度によって必要な情報は変わる(「なぜ?」→「どのように?」)
  • 背景が知識を意味あるものにする

これを理解していると、説明の質がぐっと上がる。

上級者向けの説明と、初心者向けの説明は違う。この主張は同意していただけるだろう。では、それはどのように違うのだろうか。

専門用語を使ってもよいかどうか?もちろんそれもある。しかしそれ以上に、必要な情報そのものが違うのだ。

初心者には「なぜ?」に対する回答が必要だ。それは知識の背景や土台になる。それがぐらぐら揺れていると、階段を積み上げていくことができない。対して上級者は、それをすでに知っている。だから「なぜ?」の部分は省略して、「どのように?」を伝えればよい。

私は本を書くとき、そもそも論から入ることが多い。

発想術の本ならば、「発想とは何か?」という話から入るのだ。なぜなら、発想に不慣れた人にとっては、そういう知識が必要だからである。しかし、そこに重点を置くと、熟練者には退屈な本になってしまう。それはやむを得ない。万人を満足させることはできないし、初心者を放り出して進んでしまうよりは遙かにマシだ。

失敗しやすい説明

説明についての問題が発生しやすい理由は、教える立場の人は上級者がほとんどであり、その人たちにとって「なぜ?」が自明であることだ。だから、そこを抜かして「どのように?」を教えてしまう。

それは説明としては、あまり機能しない。わかったような気分は得られるかもしれないが、実行性は怪しいものだ。

「なぜ?」に対する答えがあるから、各々の「どのように?」が適切に位置づけられる。それがなければ、断片的な知識やテクニックが散らばるだけだ。「なぜ?」を教えないままに、「あいつは応用が利かない」なんて言ってしまうようでは、説明人としては二流である。

本書によれば、「説明」は、描写でも、定義でも、指示でも、詳述でも、報告でも、例証でもない。

説明とは、「事実をわかりやすく述べること」であり、その狙いは「理解を深めること」だ。

「わかりやすさ」は、残念ながら相手依存の要素である。何がわかりやすいのかは、それを聞く相手に依ってしまう。

しかし、幸運なことに説明は技術だ。つまり、鍛え上げ、向上できるスキルである。

さいごに

最後に、本書から基本となる教訓を一つ引用しておこう。

説明とは、人に情報を与えて、人の記憶に残る、現実に役立つ観念へと事実を変換する、創造的行為である。

事実を並べることが、説明することではないのだ。

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