3-叛逆の仕事術

目標のトリセツ

目標には、人を引っ張る力があります。

これを逆からみてみましょう。すると、人は目標に引っ張り回される可能性がある、ということが浮かび上がってきます。

薬と毒のように、人に作用を与えるものは益にも害にもなえりえるのです。目標の取り扱いにも、十分な注意が必要でしょう。

今回は、目標について考えてみます。

目標は計画ではない

目標は計画とは違います。

目標は「そこまで行う、なしとげようとして設けた目当て」であり、「あそこまでいこう!」という感触のものです。

対して、計画は「事を行うにあたり、その方法や手順などをあらかじめ考えること。また、その案」であり、「こうしよう!」という感触のものです。
※ともに大辞林より

意味を見れば、この二つは明らかに異なっていますが、たまに混同されています。

「あそこまでいこう」(目標)→「そのためにこうする」(計画)

と捉えれば、目標を達成するための手段が計画になります。仮に目標が変わっていなくても、状況が変われば計画は変更せざるを得ないでしょう。手段なのですから、いくらでも変わって問題ありません。むしろ、状況に合わせて積極的に変更することが求められます。

よくあるミステイクは、根源的な目標を忘却し、手近な計画を目標と勘違いしてしまうこと。具体例はあげませんが、たまに「なにか大切なことを忘れていないか?」と感じる場合がありますね。そういうのです。

目標は現実ではない

もう少し丁寧に書くと、目標は未だ達成されていない現実ではない、です。

目標はあくまで目印です。計画は単にプランです。それは現実ではありません。目印やプランは概念上の存在であって、今あなたが生きている場所が現実です。この二つは重なる部分はあるにせよ、別の位相に属しています。

目標が達成できないから、現実の自分が劣等感を抱く、というのは控えめに言って勘違いです。

天体の動きを精密に予測するシュミレーターがあるとして、実際の天体の動きがそれとずれていたとしましょう。シュミレート通りに動かない天体は劣っている。なんて変ですよね。

多くの目標は、その人の理想を内蔵しています。あるいは、あこがれと言い換えてもよいでしょう。それが達成できないのはたしかに残念かもしれません。しかし、考えてみると理想というのは今の自分の状態とずれているから理想として機能するのです。多くの問題は、そのずれている方の自分を、「本当の自分」と勘違いしてしまうことにあるのかもしれません。

それは、今の自分を無視し、貶めることとイコールです。どうであれ、土台とスタートは今の自分なのです。目標を見つめすぎると、それを見過ごしてしまいます。

遠い目標ほどぼんやりと

目標は、日本海沖の海底からぶくぶくと湧き上がってくるわけではありません。

誰かが作り出すものです。誰かの脳が作り出すものです。

不確定性原理やカオス理論を持ち出すまでもなく、私たちの見通しがいかに役に立たないかは「計画経済」の失敗が露わにしてくれています。物理的、経済的な話でなくても、私が1秒後どうなっているかを予想した場合なら比較的その精度は高いでしょうが、1日後だとずいぶん精度は落ちます。1年後、10年後なら、お手上げでしょう。

10年前、私はコンビニの店長に任命されてオロオロしていました。10年後、本を書いているなんてアウトオブ想像です。

時間的距離の違いに注意しましょう。10年後なんて、まったくわからないのですから、適切な目標を立てるのはたいへん困難です。そういうのはちょっとピンボケするぐらいでよいのです。

でないと、「今」を見失います。

フォーカスは「今」

ピントを合わせるのは、「今」です。

今週何をするのか。今日何をするのか。今何をするのか。

注意力を振り向けるのはそこです。

しかし、漠然と「今」を繰り返しているだけでは成長はありません。成長しなくてもいい、という考え方もありますが、現代においては成長しなければ現状維持すら難しいこともあるでしょう。

ピンボケでも大きな目標を持っていれば、「こういう方向でいいな」という指針にはなりますし、「これはやっちゃダメだろう」と判断基準を設けることもできます。

クリアする課題(テーマ)を持つ

『仕事は楽しいかね?』の中で、マックス翁は

「明日は今日と違う自分になる」

と自分の目標を掲げています。実にハードな目標です。毎日毎日、変化し続けていかなければならないのですから。

こうした目標は、「今」にフォーカスを当てていますが、その裏側には言葉にされない目標が隠されています。あるいは人生哲学と言い換えてもいいかもしれません。
※もちろん言葉にされないものですから、私も言葉にするようなことはしません。

長期的な目標などない、という人でも、持続的、継続的な「何か」を所持している場合があります。本当に何もない人と、言葉にならないものを持っている人はやっぱり違うので、そこには注意が必要です。

桜井章一さんは、半荘ごとに何かテーマを持つという麻雀の訓練法を紹介されていました。たとえば、南一局はなにがなんでもアガる、といった課題を(勝敗とは別に)自分の中で持つわけです。その課題をクリアするには、工夫が必要になってきます。アイデアが必要になってきます。漠然と数を重ねるのとは違う体験が、そこでは生まれてきます。

「今」にフォーカスをあてる一番簡単な方法は、自分なりの課題を持つことなのかもしれません。

私は本を書くたびに、違った課題を設定しています。このブログでも、書評や記事の書き方にときどきテーマを設定したりもしています。そうすると、あまり効率の良い作業にはなりませんが__テンプレートが使えないため__、やるたびに何かを身につけているような感覚は得られます。

課題は小さなものでもよいでしょう。

一日のタスクリストでも、「これだけは今日中にやり終える」というのも、一種の課題と言えます。きっと一日の過ごし方の中にも、課題を織り交ぜることができるはずです。今日は一日Twitterを見ない、とか。

さいごに

言ってしまえば、「よく生きる」というのも目標みたいなものかもしれませんね。

ともあれ、目標は現実ではないのですから、目標を立てただけで達成した気になってはいけません。同じように、目標を達成できなくても自尊心を傷つけないようにしましょう。そして、決して「今」を見失わないように注意してください。

目標に人生を丸投げ、というのはやっぱりつまらないです。

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