マネジメント ≠ コントロール
それがよくわかる一冊だ。
奇跡の職場 新幹線清掃チームの働く誇り |
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矢部 輝夫
あさ出版 2013-12-10 |
※献本ありがとうございます。
ドラッカーが説いたマネジメントは、「管理」と翻訳されることがある。そして、「管理」はコントロールの訳でもある。だから、この両者が同じものだという悲劇的な認知が生まれることも珍しくない。
だが、まったく違うのだ。
それを勘違いしてしまうと、本来マネジメントを行うべきマネージャーがコントロールを行ってしまい、組織が機能不全を起こしてしまう。
本書で紹介されている「奇跡の職場」は、まさにマネジメントが行われている場であるように感じた。むしろ、『マネジメント』の徹底的実践編とでも呼びたくなるなってくる。
この会社の仕事とは
帯には3K職場だったTESSEI[テッセイ]が、世界最強の「おもてなし集団」に変わるまで
とある。
JR東日本の100%子会社であるテクノハートTESSEIは、新幹線の車内清掃を担当する会社だ。席を整え、ゴミを片付け、テーブルを拭き・・・といった仕事内容。運行時間がきちっと決まっているわけだから、清掃に使える時間も限られている。3K職場とあるが、楽な仕事でないことはすぐに想像がつく。
そもそも、車内清掃の仕事をおこなう人々が「おもてなし集団」とはいったいどういうことか。
そんな疑問を持ってページをめくると、すぐに理解できる。プロローグで紹介されている「清掃以外」のテッセイの仕事を引用してみよう。
たとえば、東京駅のホームに降りたものの、どこへ行ったらわからず困っているお客様がいらっしゃれば「どちらへ行かれるのですか?」と声をかけ、経路や道順をご案内します。新幹線の乗車位置がわからないというお年寄りの方のご案内もします。足が悪いなど、おひとりで行くのが難しそうな場合は、お手を取っ手車両までお連れすることもあります。
明らかに清掃員の業務範囲を超えている。もし、こういうことが日常で行われているならば、それは仕事の定義が、他とは違うことを意味する。
著者は、
私たちは、主軸であるお掃除を含めたすべての仕事を、「おもてなし」あるいは、「サービス」と位置づけているわけです。
と書いている。
テッセイは「掃除をする会社」ではないのだ。お客様に快適な旅の経験を提供するというサービスの主軸として、新幹線の清掃を行っている。そんな定義を持った会社なのだ。
何をしているのか?
ドラッカーは、三人の石切職人のたとえ話で、仕事の定義について解説した。三人の石切り工の昔話がある。彼らは何をしているのかと聞かれたとき、第一の男は、「これで暮らしを立てているのさ」と答えた。第二の男は、つちで打つ手を休めず、「国中でいちばん上手な石切りの仕事をしているのさ」と答えた。第三の男は、その目を輝かせ夢見心地で空を見あげながら「大寺院をつくっているのさ」と答えた。
仕事の定義が変われば何が変わるか。もちろん成果の定義が変わる。業務に関わるあらゆるものが変わり、組織が変わる。組織とは何かの達成を目標とした集団だ。だから、目標が変われば組織は変わって行かざるを得ない。
もちろん、それは簡単なことではない。お題目の「新しい目標」を掲げても、マネージャー自身がそのことを信じていなければどうしようもない。また、組織は「これまでの状態であろうとする」力が働きやすいので、変化を起こすためには新しい力を加え続けなければいけない。
しかし、シンプルながら「何をしているのか?」という問いはクリティカルである。
私は物書きをやっているが、「原稿を書いている」と考えるのか「人に何かをわかりやすく伝えている」と考えるのか「個人をエンパワーしている」と考えるのかで、活動内容や仕事の評価基準は大きく変わってしまう。
マネージャーが組織なり集団なりを変えたいと思っているのならば、まずはその問いから始める必要があるだろう。
変革の痛みとフィードバック
他にも興味深い話は多い。仕事の質を高めたことで、ついていけずに辞めた人もいるという。それはそうだろう。「そんな仕事をするつもりで、この会社で働いているわけではないんです」という声はきっと出てくる。どこまで話し込んでも埋められない溝というのもある。ここには痛みが発生する。
しかし、テッセイの新しい仕事の定義が浸透していくと、「テッセイはそういう会社だから」という認知が広まり、マッチングの齟齬は減っていったと書かれている。痛みはずっと続くものではない。
もう一つ、フィードバックのお話も面白い。
基本的に、モチベーションはフィードバックの問題だ。「うちの社員にはやる気がない」というぼやきが出るとすれば、評価制度に問題があると考えてよい。あるいはコミュニケーションが機能不全を起こしている。
自身の体験も踏まえていうと、適切なフィードバックを与えるのは至難の業である。むやみやたらに怒鳴りちらしたり、とりあえずほめておくのは簡単だ。しかし、それは適切なフィードバックではない。それを行うためには、徹底的に観察しなければいけない。まさにそれこそが、マネージャーの仕事なのだ。
※忙しすぎるプレイングマネージャーは、どちらの側の仕事も中途半端にしかこなせないことが多い。
テッセイという会社では、評価することの重要性と難しさがきちんとその制度に組み込まれている。
学べることの多い会社だ。
さいごに
一点気になることがあるとすれば、テッセイがJR東日本の100%子会社ということだろうか。子会社として苦労する点もあっただろうが、100%子会社だからこそやりやすかったこともあるかもしれない。
※少なくとも、今日明日には倒産しないだろう。
しかし、それは本質的な問題ではない。ドラッカーは非営利組織の運営についても同様の要素を指摘している。組織の形は、さほど重要ではないのだ。
よくよく考えてみれば当たり前のことである。組織を構成し、動かしているのは人なのだ。結局は、人の問題なのだ。これはどの組織においても共通している。
最後に印象深い一文を引用しておこう。熟慮する価値のある一文だ。
「お金になる」ことだけが美徳とされる時代は終わったということ。ビジネスである以上、もちろん少しでも多くのお金を稼ぐことは大切なのですが、その大前提として「人のためになる」「役に立つ」という意識がとても重要な意味を持つ時代にさしかかっているのではないでしょうか。
▼こんな一冊も:
ドラッカー名著集15 マネジメント[下]―課題、責任、実践 |
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P.F.ドラッカー 上田 惇生
ダイヤモンド社 2008-12-12 |
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