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五月病祭、望むべき社会の形、As you like

「もう我慢の限界だ」 フリーター労組がデモ、福岡で

福岡市の天神・大名地区の路上で19日、フリーターなど低収入で不安定な暮らしを強いられている若者たちがデモ行進をした。デモ隊は台車にステレオを載せ、大音響でダンス音楽を鳴らしながら「もう我慢の限界だ」「まともな仕事をよこせ」「フリーターを使い捨てるな」などとマイクで絶叫、自分たちの「生きづらさ」を訴えた。買い物客らで混雑する夕方の繁華街は一時、騒然とした雰囲気に包まれた。

デモ。日本では絶滅しかけの希少種のようなデモ。いいな~楽しそう、なんていうのはちょっと不謹慎でしょうか。

「まともな仕事」というのは一体どのようなものでしょうか。
というか、このフリーター群は一体何を希求しているのでしょうか。
正社員になることでしょうか。それともフリーターでもきちんと生活していける環境の整備、ということでしょうか。最低賃金のアップ?有給休暇?

あきらめネットblog 「【5/19大名】五月病祭:雨宮処凛トーク&デモ」

上のブログから少し引用してみよう。

「豊かだけど生きづらい」・・・そんなことがつぶやかれていた時代があったという。いまは「貧しくて、しかも生きづらい」時代かも。「ワーキングプア」「格差社会」・・・いろんな言葉がメディアを行き交う中で多くの若者たちがジワジワしめ殺される今・・・フテ寝しちゃう?それとも、闘っちゃう?

このトークのテーマは「生きづらさの変化」ということらしい。

確かに今の社会において、さまざまな変化があり、またそのしわ寄せは若い世代にかなりかかっている。今の世代、次の世代がどの程度日本の希望を抱けるのかはまったく不明である。
豊かな環境に生まれ育った子、社会に適合できる能力を備え持った人間はそこそこうまく生きられるだろう。それが幸福かどうかは別として生きていく糧を得ることは比較的容易であると思う。
しかし、今の日本で一度レールから外れてしまった人間はそういう必要最低限のことすら難しくなってしまっている。
仕事というのは、単純に糧を得るためだけのものではない。社会におけるポジションを得るためにも必要だ。ポジションがあればそこから自己肯定感も生まれやすい。
そういうものから置き去りにされた人間からみれば、景気回復などと騒いでる社会ははるか彼方のほうにしか感じることはできないのではないだろうか。
しかし、本当はそんなことはないのかもしれない。
このあたりは難しく繊細な問題を含んでいる。
意識の変化が必要と語るのは簡単だ。幸せの形はいろいろあるとか、勝ち組負け組なんてばかげている(まあ実際ばかげているが)なんていうのも簡単である。
ただ、そうはいっても生活は改善してこない。

現状を受け入れることと、現状に流される、というのはまったく別のものである。

ひとついえることは、社会の変化を待っていても何も変わらない、ということである。
社会はいずれ変化する。しかしそれがどのくらいのタームなのか誰にもわからない。
感覚的にいえば、しばらく日本社会は大きな変化はやってこないだろう、というくらいのものである。2010年あたりから変化は訪れるだろうと思う。しかしそれがこういったフリーターや派遣社員に代表されるような不安定な雇用体系に属している人間にとってよい変化であるかどうかはわからない。どちらかというと悪い変化である可能性の方が高いのではないだろうか。

企業の業績が回復して、正規雇用にありつける確率が高まるのは所詮新卒である。
日本社会のこの慣行はしばらく続くだろう。大企業の業績回復が、その下の零細企業まで回ったとき、中途採用の道も開かれるかもしれない。しかし、世の中終身雇用が幻想であることは誰もが知っている。今仕事についてる人間がやめてほかの仕事をするということがほとんど当たり前になってくるのではないだろうか。いわゆる労働力の流動化というやつだ。
となれば、実績や経験の無い不安定労働者はやはり不利であろう。おそらく利点は若いということだけだろうが、単純な若さでは新卒には勝てない。
なんてことをつらつらと考えていくと明るい未来なんてほとんど存在しないかのように思えてくる。
だが、すべての不安定雇用者がそのような憂き目にあう、というわけではないと思う。

アパレル系の業界では、パートやアルバイトからの正規雇用化というのが少しずつ出てきている。企業側からすれば、実際即戦力になるのであるからして、コスト的には新卒より良い。やる気の問題にしても仕事の面白さを知っているのであるから、長い間継続して働いてもらえる可能性が高いのではないだろうか。(面白くなければ本人が希望しないだろう)
ということは、こういう流れが今後拡大していくかもしれない。

しかし、すべての業種にわたってこれと同じことが言えるかは判らない。

ただ、ひとついえることは、今後こういった不安定雇用者の数が増えていかざる得ない社会が来るとするならば、求められる雇用体系は上の例が参考になると思う。
つまり、かなり専門的な職や特殊なもの(特定の公務員など)を除いてはやはり、すべての従業員は一番最初にパート・アルバイトで採用し、本人の適正とやる気を見て、長期雇用に切り替える、というような雇用体系を採用する会社が増えることが望ましいのではないだろうか。要するに、すべてを正社員化しようとすると莫大なコストがかかり、企業は二の足を踏む。だから逆の手順で、まずすべて不安定雇用者にしてしまう。
で、転職というか職を渡り歩くのが当たり前という状況を構築してしまう。職業能力を向上させる施設を国が用意し(私のしごと館なんてつぶしてね)、一定のスキルを保障できる制度を作る。
本人が望めばスキルをあげることができ、それを第三者的に評価できる制度があれば、企業側もある程度ふるいをかけることができる。

今の日本では、見回していても大学を卒業したとたんまったく勉強しない人が多い。時間的に無理、というのもあるのかもしれない。しかしながらまったくもってもったいない。
結局その会社のその部門の仕事しかできずに、リストラに巻き込まれると非常に困難な状況に巻き込まれてしまう。
しかし、社会に出てからでもスキルを鍛える必要がある社会にしておけば、どんどんと優秀な人間がでてくるのではないだろうか。もちろんそういう人間を引き止めるために企業は良い条件

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