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質問タイム:なぜお金持ちとそうでない人がいるんですか

◆なぜお金持ちとそうでない人がいるんですか--大分県、J・Aさん(小2)

毎日新聞の質問タイムというコーナーである。なんとなく「ささやかな質問」シリーズ的かなぁと思ってのぞいてみたが、方向性的にはまったく逆ということがわかった。
それはさておき。

なぜ金持ちと貧乏人がいるのか、というのはなかなか面白い問題です。
たとえば、「それが資本主義社会における競争原理が引き起こす弊害なんだよ」と説明したところでまったくちんぷんかんぷんであるとともに、実際にそれは的を得てすらいない。

ひとつの国の中で考えても、すべての国民が同じ所得である、というような国は無い。
総中流社会と表現されていた過去の日本においても、金持ちと貧乏人はいた。
歴史をどんどんさかのぼっていっても、金持ち的な人間とそうでない人間というのは存在してしまう。
ずっと歴史を巻き戻してみよう。人間が農耕を始めるようになって、「所得」が発生した瞬間には金持ちとそうでない人間の線は引かれていただろう。
されあにさかのぼってたとえば狩猟時代はどうだろう。集団で狩りをして収穫をわけあう。共同作業だから、ひとつのグループの狩りの成果はグループ全体で所有される。
グループの中では平等な関係が保たれる。
しかし、たとえば他のグループの存在を考えてみるとどうだろう。たとえば立地的に恵まれている。狩りの技術が高い。などによって狩りの成果というのは変わってくるのではないだろうか。とすれば、グループ間での格差、金持ちと貧乏人の線引きというのは生まれてしまうことになる。

さて、では現代に帰ってこよう。地球上すべての人間が管理され、どのような仕事においてもまったく同じ給与しか発生しない、としたとしよう。まるでSFのコンピューターに管理された人間社会のようなものを想像してもらえればよいだろう。
そこでは、金持ちと貧乏人の線引きは発生するのか。もちろん、するはずである。
入ってくる給与が同じでも支出がちがう。とある人はタバコを吸う。またある人はお酒を飲む。ギャンブル、風俗、読書、コレクション、映画、音楽、・・・
人が興味を持ちお金を使う対象はさまざまである。中にはお金をためることに興味を持つ人もいるだろう。
長期的なスパンでみれば、やはり金持ちと貧乏人という線引きは生まれてきてしまう。
ということは、この世からお金持ちと貧乏人という線引きを作らないためには、給与はゼロで、生活に必要なものはすべて支給という完全な共産主義を実現しなければならない、ということになる。しかもありとあらゆるポジションの人間が等価に扱われなければならない。

ということは、お金持ちと貧乏人が生まれるのは、社会に一定の自由度が存在し、人間一人ひとりがそれぞれ違っているから、ということになりそうだ。

日本においては極端な価値観が生まれがちだが、お金があればすべてだとか、あるいはお金なんて無くったって、というのは少々乱暴な、あるいは単純な価値観に過ぎないだろう。おそらくその両方をみて、ぎりぎりの真ん中に立ち続けるというのは、必要なのではないかと思う。

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