断片からの創造

Narrative Clipとアイデア発想について

ライフハックLiveshow #88 「LINE by LINE」(Google+)

上のハングアウト・オンエアーで「Narrative Clip」の話題が登場した。参加するまで、まったく知らなかったガジェットなのだが、面白そうである。

筆箱に入る携帯型の鉛筆削りのようなサイズ感。30秒に1回、ひたすらに写真を撮り続けるカメラ。『ライフログのすすめ』が想起される。

memoto改めNarrative Clipがついに届いたぞ!やっぱりこいつは最高のライフログカメラ!(みたいもん)

おそらくこの手のライフログツールには、3つポイントがあるのだろう。

1つは、いかに「お手軽に記録できるかどうか」。記録するために「意識」の発動が必要になればなるほど、そのライフログは「日記の延長線上にあるもの」に近づいていき、「トータル・リコール」からは遠ざかっていく。この二つは__重なる部分はあるにせよ__、違う目的を持つ存在である。Narrative Clipはトータル・リコール寄りのツールだ。

もう1つのポイントは、そこにどのぐらい「意図」が介入するのか、という点。オンエアーでも話題に上がっていたが、自分を中心とした全ての風景を切り取るのか、それとも視線の向いている方向だけを残すのかは、ずいぶん意味が違う。

そのあたりについては、Evernoteに関連した記事を2011年に書いている。

Evernote企画6th:エッセイ:二種類の「ライフログ」について(R-style)

Narrative Clipは、装着者がある程度それをコントロールできる。一応、前向きにつけることがイメージされているようだが、背中につけても、頭のてっぺんにつけても(空が写り続けるだろう)、逆に地面を写し続けていてもいい。
※Googleグラスは、あの形状からして前オンリーなので、自由度は低い。

言い換えれば、「どちらにレンズを向けるのか」が装着者(撮影者)の意図として表出する。さらに、本体をダブルタップすると、その時間の写真が星付き(Twitterでいうところのfav)になるらしい。ベースは、「意図しないで記録する」だが、意図を添付することもできるわけだ。

最後の1つは、ビュアーだろう。記録するのはいい。後は、それをどのように閲覧するかだ。その辺りはアプリにかかっているし、使ったことがないので言及は控える。

さて、一通り情報をチェックしたので、ハングアウト・オンエアーで堀さんに投げられた疑問に戻ろう。

「Narrative Clipは、発想においてどう使えるか?」

ふむ。

想起を促すもの

私がNarrative Clipを所有していたら、間違いなくメガネにつけるだろう。視線のログツールとして使うわけだ。

日常的にメモ帳を持ち歩き、そこに「アイデアメモ」を書き付けているわけだが、言ってみれば、それはNarrative Clipの本体をダブるタップするのと同じである。思考の発露をファボっているわけだ。

しかし、その発露の全てをフォローできているかというと怪しい。メモできていないこともチラホラあるだろう。が、そうした発露も、自分の視線を__つまり見た風景を__再現すれば、再び想起できる可能性が出てくる。特に、「何かを見て閃いた」類のものは顕著だろう。

そういう意味で、アイデアメモのセーフティーネット的に使えるはずだ。

逆に、普段メモを取らないような人が、Narrative Clipを使ってみたときのリアクションが知りたい。さらに言えば、それらの写真を見返したときの感覚を。きっと、あっ、というような感覚が得られるのではないかと思う。

一つ上行く読書メモ

たぶんピンボケで使えないかもしれないが、メガネにつけていれば、私が読んでいる本の紙面が写真に残ることになる。疑似スキャナーだ。その写真をOCRに通して、Evernoteに保存すれば、アンビリーバボな体験が得られるだろう。まあ、これは単なる妄想だ。

私は本を読むとき、赤ペンで気になる箇所に傍線を引いたり、欄外にメモを書き込んだりしている。

ということは、本の写真で、赤ペンが入っている部分だけを抽出すれば、それで読書メモ__いわゆるレバレッジメモ__のできあがりだ。電子書籍でメモを残すような手軽さで、紙の本でもメモが残せる。素晴らしい。まあ、これも単なる妄想だ。

発想の傾向を分析

まったく別の視点から取り組んでみよう。

二つのデータを突き合わせたときに、新しい何かが生まれるかもしれない。

Narrative Clipは、私が目にした風景が残る。GPSによる位置情報ではなく、私が目にした風景だ。

そして、私のEvernoteには、何かを思いついたメモが残っている。

では、この二つを照合すればどうなるだろうか。

もしかしたら、「こういう風景に触れているとき、アイデアを思いつきやすい」なんて傾向が見えてくるかもしれない。

一日の行動記録を残していた場合、「こういう場所にいるとき、アイデアを思いつきやすい」というのが見えてくる。でも、それは「カフェにいる」「病院にいる」「新幹線で移動している」といった形の情報だ。

が、実際同じカフェにいるのでも、「周りに誰もいない」「綺麗なお姉さんがいる」「おばさんの集団がいる」とコンテキストが異なっている可能性が高い。そのどれが発想に影響を与えるのか。それが見えてくると、自身の行動パターンを「発想寄り」に変えることができる。かもしれない。

アイデアメモのログではなく、脳波を測定できる装置のログと突き合わせれば、もっと面白いものが見えてくるだろう。が、これも(今のところは)妄想の類である。

さいごに

他に何かあるだろうか、と連想(と妄想)を広げてみたが、今のところ思いつくものはない。基本的に、頻繁にメモを残すようにしているので、アイデア発想の種には困っていないのだ。

もしかしたら、Narrative Clipならではのアイデア体験がありうるのかもしれない。しかし、「ならではの体験」であれば、私の想像の埒外である。そもそも、日常風景を普通のカメラで残すことすらしない人生を送っているのだ。

一つ言えることは、私たちは日常的にいろいろなものを「目にしている」。が、その大半を「見ていない」。

記録をふり返ってみると、そのことがよくわかる。

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