「タスク」の研究

皿洗いに潜む非対称性

我が家には食器洗濯機がないので、誰かが面倒な食器洗いを担当しなければいけません。

つまり、私です。

何事にも言えることですが、食事の度にきちんと洗い物をしていれば、キッチンは美しく保てます。でも、何かしらのトラブルで、すぐには洗い物ができないこともあります。で、キッチンに洗い物が溜まってしまう。

そうすると、少しばかり「洗い物をする」のが面倒に感じられてきます。で、その面倒さに抗いきれなければ、さらに洗い物が溜まり、雪だるま式に面倒さが膨れあがっていきます。

あまりよろしくはありませんが、珍しい話ではないでしょう。

でも、どこかの時点で洗い物は敢行されなければなりません。でないと、「ちょっとチャーハンでも作ろうか」と思った時に、使うお皿が一枚もないのです。

そこで、やれやれと袖をまくり上げ、お昼ご飯に使うお皿だけでも洗ってしまおう、と決意します。すると、15分後ぐらには、全てのお皿とコップを洗い上げ、美しいキッチンを再出現させている私がそこにいます。追加のお皿を洗っている最中にメールの着信でもあろうものなら、「あぁ、いま忙しいのに」と、皿洗いを優先させる私がいるのです。

さっきまで、あれほど面倒に感じていた作業なのにもかかわらず。

私が、ハックとかタスクマネジメントを考える場合には、この非対称性に注目するようにしています。

私は別に誰かから皿洗いについて洗脳を受けたわけではありません。面倒と思いながらも取りかかったのは確かです。そして、洗っている最中に「皿洗いを成し遂げたい」と思っていたことも確かです。一刻も早く止めたい、というようなイヤイヤな気分は一つもありません。

私の感じ方は、両方共に確かなのです。

二つの言えること

ここからどんなことがいえるでしょうか。

きっといろいろなことがいえると思います。

一つには、線を越える前と超えた後の感じ方は同じではない可能性がある、ということ。未知の何かにチャレンジする場合は、線の向こう側に立ったときの心境を想像すらしえないかもしれません。どうなるのか、どう感じるのかは本当の意味ではわからないのです。

その瞬間の自分の感覚は受け入れつつも、その先にある自分はもしかしたら違った感覚を持つかもしれない、ということを受け入れること。そういう心理的な柔らかさを持っておくと、少しだけ生きやすくなるかもしれません。

もう一つあげるとすれば、多くの場合において面倒に感じているのは、「何かをすることそのもの」ではなく「その何かに着手すること」なのです。やり始めることが面倒そうに感じるから、それが代表性を帯びて、行為全体が面倒に感じられてしまうわけです。

だから、着手の心理的コストを引き下げれば、その行動を起こしやすくなる可能性は十分にあります。これはハック界隈ではよく見かける話です。

さいごに

なんにせよ、普段から自分の心理状況に注意を向けておくことです。「観測し、干渉し、制御する」というQBの3ステップ(今名付けた)は、タスク管理においても有効です。

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2件のコメント

  1. 何やら謎のタイトルにつられて、読んでしまいました。
    なるほど!これは分かりやすくて参考になります!
    自分はめんどくさがりなので、いつも「エイヤッ!」と気合で取りかかってますが、心の持ちようがわかると気が楽だし、着手のハードルを下げるといいんですね。銀行に支払いに行くのめんどくさいけど、ついでにアイスクリーム買おうっと…みたいなことですよね(違うか?)
    勉強しない塾の子供たちへの説教野ネタにもいろいろ使えそうなので、これからもパクらせて…じゃなくて、愛読させて頂きます。
    がんばってくださいませ。

  2. >racerxさん
    コメントありがとうございます。

    アイスクリームを「餌」にして、面倒な銀行支払いをやってしまおう、というのも含まれると思います。なんにせよ、とりかかる動機付けさえあれば、いいわけなので。

    これからもよろしくお願いします。

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