プログラミングは教養なのだろうか?

ということを、以下の本を読みながら考えました。

教養としてのプログラミング講座 (中公新書ラクレ)
教養としてのプログラミング講座 (中公新書ラクレ) 清水 亮

中央公論新社 2014-03-07
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著者の清水亮さんはenchantMOONをこの世に送り出された方。本書では、プログラミングのメタ的な意味や、プログラミングの概要、そしてプログラマーの思考法などが紹介されています。ごく簡単なレベルのプログラミング講座もありました。

二つの意味

おそらく、プログラミングを学ぶことには、二つの意味があるのでしょう。

一つは、プログラミングできるようになること。

現代の仕事で、コンピュータとまったく無縁、なんて環境は珍しいでしょう。何かしらで関わりがあるはずです。あるいは、完全に仕事道具になっている人もいるでしょう。その道具に、自分なりの工夫を加えられたら、仕事がやりやすくなることは間違いありません。

身近な例では、Excelで使われるマクロがあり、MacだったらAppleScriptがあります。これらを使えば、作業の省力化が期待できます。

私自身は、ほぼコーディング・スキルを持っていませんが、昨日一昨日の記事のように「ある程度読める」だけでも、他の人のコードを改造できます。もちろん、簡単な改造に限られますが、基礎さえあれば検索で対応できることは多いのです。

ちなみに、「ある程度読める」というのは、買い物してお店をうろついているときに、「お会計」という看板を見かけたら、その具体的な手順は分かっていなくても、「あぁ、ここでお金を支払えばいいんだな」と推測できるぐらいの力をイメージしてください。昨日と一昨日の記事は、まさにそれぐらいの把握で改造を済ませました。なんとかなるものです。

もう一つ、プログラミングを学ぶことの意味があるとすれば、それはプログラマーの思考法を習得する、ということになるでしょう。アルゴリズム・アプローチの習得です。

詳細は論じませんが、ある種の構造に当てはめて物事を捉えたり、問題解決のアイデアを見出したりする考え方が、プログラマーの思考法と呼べます。これは、必ずしもプログラミングを学ばないと得られないものではありませんが、プログラミングを学ぶことが一つのルートであることも間違いありません。

きわめてシンプルかつ乱暴に表現すれば、思考力を鍛える意味も、そこにはあるわけです。

さいごに

この二つは、じっくり観察すれば別物です。

で、それらをリベラルアーツの平面に置いたとき、どちらが屹立するだろうかな、と考えてみると、今のところはどちらも問題なさそうです。持っていれば、何かしらの意味を持ちうるでしょう。

ただし、前者に関しては、私たちとコンピュータの関係性が変わってくれば、きっと意味合いも変わってきます。逆に後者は、コンピュータ以外の場面でも活躍しますので、リーチは広いと言えるでしょう。ただ、先ほども書きましたが、後者はプログラミングルート以外の登頂経路もありえますので、プログラミングに拘る必要はありません。

が、とりあえず今のところは、本当に簡単なレベルでもいいので、プログラミングについて学んでおくことはなかなか良いことではないかと思います。いかがでしょうか。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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