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【書評】無限の始まり(デイヴィッド・ドイッチュ)

大著である。

無限の始まり:ひとはなぜ限りない可能性をもつのか
無限の始まり:ひとはなぜ限りない可能性をもつのか デイヴィッド・ドイッチュ 熊谷 玲美

インターシフト 2013-10-29
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※献本ありがとうございます。

内容的にも、物理的にも大著である。なにせ全18章で、600ページを超えている。2013年の10月に読み始めて、読了まで半年ほどかかってしまった。

が、十分その価値はあるだろう。

私たちの無限性

副題は「ひとはなぜ限りない可能性をもつのか」。人間中心主義のような雰囲気もあるが、そういった内容ではない。人間は特別な存在であることは合意しつつも、その理由を「神が私たちをそのように作られたから」とはしていない。

良い説明と、それが持つリーチを用いて、人間の特殊性を説明していく。私たちは、知識を新しく生み出せる存在である、という点で特異な存在なのだ。そして、それが無限の始まりでもある。

どれだけ理屈をこねくり回しても、私たち人類が宇宙全体からすれば塵に等しい存在であることは反論できないだろう。しかし、その塵的存在が、宇宙誕生の「説明」を探求している。煌々と輝く恒星が、どのように生まれ、どうやって死んでいくのかの理論を持っている。本書の表現を借りれば「理性は何光年先へも向かう」のだ。

この塵的存在が、宇宙へリーチする知識を持っている。この非対称性は、考えてみるとちょっとゾッとしてくる。どれだけ賢かろうがイルカはブラックホールの存在を予測したりはしないし、仮に予測したとしても彼らには観測でそれを実証する術(すべ)がない。イルカの世界に、科学は築かれないのだ。

無限につながる知識の在り方

なぜ、私たちの理性は何光年先へと向かえるのだろうか。

それは私たちが創造力と呼びうる、新しい知識を生み出せる力を持っているからだし、そこに批判や検証を加えられるからだ。この両者がないと、知識は前には進まない。

科学理論とは推測、つまり大胆な推量だ。既存のアイデアをより良いものにしようという意図をもって、人間の心がそれらを整理し直し、組み合わせ、変更し、追加することによって、科学理論は生み出される。

スタートはいつだって推量なのだ。アインシュタインは、相対性理論を体験から導き出したわけではない。経験論のリーチは、非常に限定的である。しかし、推量は翼を持つ。人が届かぬ領域へと連れていってくれる。しかしそれだけでは、空想の物語と機能する理論の見分けがつかない。批判や検証が、それらを分別するのだ。

どれほど優れた理論を有していても、批判的精神が欠如すれば、発展は止まる。もし、人類がニュートンを神格化し、それ以外の考え方をタブーとしていたら、アインシュタインは永久に陽の目を見ることは無かっただろう。人類の歴史をふり返ってみると、そういうことが起こりえた可能性も十分にあった。

閉じてはいけない。

開かれているからこそ、次々と新しいものが生まれ出てくる。

しかし、閉じている方が簡単なのだ。怪しい宗教が、いかにいろいろなものを閉じてしまうのかを持ち出すまでもない。閉じた世界は、それが崩壊する直前まで完璧な調和がある。あたかも永遠に続くかのような調和が。

本当に続くものは、絶え間ない変化に晒されている。

さいごに

あまりにも本書の内容が大きいので、完全に読み解けたとはとても言えない。

章立てを引いておくので、本書の厚みを少しでも感じてもらえればと思う。

・第1章:説明のリーチ
・第2章:実在に近づく
・第3章:われわれは口火だ
・第4章:進化と創造
・第5章:抽象概念とは何か?
・第6章:普遍性への飛躍
・第7章:人工創造力
・第8章:無限を望む窓
・第9章:楽観主義(悲観主義の終焉)
・第10章:ソクラテスの見た夢
・第11章:多宇宙
・第12章:悪い哲学、悪い科学
・第13章:選択と意思決定
・第14章:花はなぜ美しいのか?
・第15章:文化の進化
・第16章:創造力の進化
・第17章:持続不可能(「見せかけの持続可能性」の拒否)
・第18章:始まり

正直、「多宇宙」に関する話はついていけなかった。が、「ソクラテスの見た夢」は抜群に面白い。もし立ち読みするなら、第10章をお勧めする。

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