6-エッセイ

>100円>

以前「note」というサービスを紹介しました。
「note」を触ってみた雑感など

あれを使っていると、とても奇妙な気分になってきます。値段に関する感覚が揺れてくるのです。

たとえば100円あれば、小さいアプリが買えます。200円あれば、iTunesで音楽を買うこともできます。単発の情報を買う、という意味では100円のnoteは、際だって高いということはないでしょう。でも、何かのテキストに100円払うのが勿体ないような気がしてくるのです。

不思議とイラストや写真のセットなら、その感覚__つまり勿体ないような気持ち__は少し薄れます。不思議なものです。

だいたいテキストを売って生活している物書きが、テキスト買うのにもったいなさを感じるなんて妙なねじれを感じます。あるいは、逆なのかもしれません。その辺りはわかりませんが。

情報ではなく物に視線を向ければ、100円で買える物はたかがしれています。最近は消費税が上がったので、それに拍車がかかりました。駄菓子や、怪しいブランドの缶ジュースぐらいでしょうか。

で、たとえば、私とあなたが一緒に作業していて、「ちょっと、自動販売機行ってくるよ」「おっ、じゃあ、俺のコーヒーお願い」「了解」ってなったときに、コーヒー代を執拗に請求するかというと、まあしないわけです。その時は、100円ぐらいいいじゃないか、という気分になります。

方や100円が勿体なく感じられ、方や別にどうでもいいかと思う。そういう感覚が、一人の人間の中に共存しているのです。

テキストで比較すれば、cakesは一週間150円です。でnoteは単発のノートの最低価格が100円。こうして比較してしまうと、noteってすごく高く感じられます。まあ、経済学的にみれば、cakesはたくさんの人間が買い支えるから値段を抑えられるし、noteは少人数にしか届かないから値段が上がらざるを得ない、なんて考え方ができるでしょう。

でもまあ、そういう話はまるっと横に置いといて、「100円ってなんだろうな」ってことを一度考えてみるのは面白いかもしれません。それは二、三歩引いてみれば「お金を払うってなんだろうな」を考えることにもつながりそうです。

何かを買うときの100円と、何かを売るときの100円。
何を売るか、どう売るか。
売るということはどういうことか、買うということはどういうことか。

noteでもセルフパブリッシングでも、その他のサービスでもいいんですが、一度値段をつける側に回ってみると、両方の視点からいろいろ考えられるようになるのではないかと思います。

値付けって難しいですし、何かを買ってもらうのはとても嬉しくて、とても怖い気分がするものです。

なんにもまとまらないですが、今日はこの辺で一つ。

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