時事ニュース

道徳教育の発展

新生児遺体を押し入れに遺棄容疑、女子高生を逮捕 宮城

新生児の遺体を自宅に遺棄したとして、宮城県警石巻署は、同県石巻市に住む高校1年の女子生徒(15)を死体遺棄の疑いで逮捕したと27日発表した。女子生徒は「23日ごろに自宅で1人で産んだ」と供述しているという。同署は27日、遺体を司法解剖し死因を調べている。

似たような事件が頻繁に起こっている。こういう”孤独出産”は母親の生命も結構危ない可能性があると思うのだが、その辺も承知なのだろうか。状況から考えて家族も妊娠しているという事実には気がついていなかったのだろう。
家族関係の希薄化というのは一番に持ち上がってくる問題かもしれないが、それ以外にもいくつか問題が見て取れる。
自分と子供との関係をどう捉えているのか、ということも疑問である。
命というものの処理で言えば、一度出産してそれを放置しても、中絶しても、なくなる命の数は同じである、と考えればこのような行為に対して何か明確な反論はしにくいようにも思える。しかし、感覚的に「間違った行為」であるように感じるのは私だけではないだろう。
このような事件を見て私たちが引っかかるのはなぜなのだろうか。
自分が生み出した「命」に対して何の感覚も覚えないということへの理不尽さということだろうか。

元会社員、長女への殺意も否認…光市の母子殺害差し戻し審

山口県光市で1999年、会社員本村洋さん(31)の妻弥生さん(当時23歳)と長女夕夏ちゃん(同11か月)が殺害された事件で、殺人や強姦(ごうかん)致死などの罪に問われた元会社員(26)(犯行時18歳)の差し戻し控訴審の第3回公判が27日、広島高裁(楢崎康英裁判長)であり、前日に引き続いて弁護側の被告人質問が行われた。

 元会社員は、夕夏ちゃん殺害について、「首を絞めた認識はなかった。結果として殺害したことに深い絶望を覚えた」などと述べ、弥生さんに対してと同様に殺意を否認した。


この事件も、感覚的にかなり違和感を覚える。事件そのものもそうだが、この被告の反論である。、「何でも願いをかなえてくれる場所だと思っていた。ドラえもんがなんとかしてくれると思った」や、「生き返ってほしい思いでの行為で、復活の儀式だった」ということである。まさか本当にこのように考えているわけではないだろう。何とか殺意を否定しようという試みであろうし、あるいは弁護側からのサポート、提案ということかもしれない。もし、本当にこういう風に考えているならば、もちろんこういった人間に更生の可能性など一切ないだろう。われわれとは共存できない考え方であり、価値観である。
弁護側のサポートであったとしてもこういった理論を展開してでも救おうという試みというのは滑稽以外の何者でもない。
本心なのか、それとも詭弁なのかは置いておくとしても、この被告が他人の命の価値というものもほとんど欠片も感じていなくて、おそらく大切なのは自分の命だけだということだろう。

「道徳教育はいらない」発言 元文部省視学官・金井氏が反論

中教審会長の山崎正和氏の「道徳教育はいらない」という発言に対し、道徳教育に詳しい元文部省視学官の金井肇氏が反論を寄せた。「山崎氏の意見は道徳教育に誤解がある。筋道をもって指導をすれば身につく」と指摘する。

で、出てくるのが「道徳教育」の問題である。
山崎氏の発言はこうだ。

4月26日、日本記者クラブ(東京・内幸町)で講演し、道徳教育について、「個人の意見」との前提で、「教師が身をもって教えること。教科書を使い試験をし、採点するという教科の範囲では無理がある」として、「教科化だけでなく、現在の道徳教育もいらない」と述べた。

確かに道徳というものを点数化して評価するというのは難しいというかあまり意味の無いことかもしれない。
が、教師が身をもって教えること、というには少々無理がある。なぜならば今の教師の資格には倫理性というものや道徳性というものは一切考慮に入っていないからだ。
それは、最近の一部の教師が起こす「不道徳」な事件を見れば明らかであろう。
不道徳な輩でも教師になることができる。そのような環境で教師自身の基準に照らし合わせて道徳を示させるというやり方では、どのような「道徳」が伝えられるかわかったものではない。やはり一定のルールは必要だろうし、そのためには教科書やガイドラインも必要になってくるのではないだろうか。

ほかの国では「宗教」がカバーしている「倫理」や「道徳」というものをどうやって伝えていくのか、というのは真剣に考えなければならないことだし、一定の試行錯誤も必要になってくるだろう。頭ごなしにそういったものを否定し、神格化した教師に頼るというのでは現状を買えるのはなかなか難しいだろう。

教師に教えることができなければ、その他の大人の力を借りてもよい。物語の力を使ってもよいだろう。すくなくとも何も教えない、というのでは社会の秩序を守る上でもかなり問題があるように思える。

道徳授業 “成長”手探り 茨城の公立高、初の必修化

政府の教育再生会議が第2次報告で小中学校での「徳育」の新設を提言したことで、道徳教育に注目が集まっている。茨城県内の全公立高校では今春から1年生で「道徳」が必修化された。全国初の取り組みとなるだけに学校現場は、教材選びや授業方法に試行錯誤を続けている。

各学校が独自にいろいろ試し、それらをNHKなりが動画としてアップし公開していくというのがなかなか良いのではないだろうか。それは道徳だけの授業に限ったものではないだろう。今でもNHKは変わった授業のやり方を番組で公開しているが、やはり限定的である。その可能性を広げていければもう少し違う展開が待っているのではないだろうか。

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