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日常風景として言い合い

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日曜日なのでちょっと一息。

一応われわれ夫婦も結婚してから3年目ということなので、もちろん「口喧嘩」というのは発生する。いやまあ正確な表現ならば「言い合い」ぐらいのニュアンスがぴったり来るだろうか。

まあしかし「言い合い」といってもそれほど深刻な問題ではない。一応我が家ではいまだに深刻な問題というのは一度も発生していない、というのはまだ歴史が浅いということなのかもしれない。それは置いておくとして。
私は、かなり自覚度の高い「天邪鬼」なので、誰かが「Aが悪い」という意見を述べると、ついつい「いやそんなことは無いんじゃないか」という風に切り返してしまう。私の心境としてもAが悪いと思っていたとしても、何か反論の糸口が無いかと探してしまう。
二人でテーゼを二つ出して認めあうよりも、アンチテーゼを出して建設的な意見にならないかな、という模索とともに、一種のディベート的なノリというのもある。

で、どちらが論理的かというと、まあ私のほうである。単純な知識の量でも私のほうに分があることはまあ間違いない。
しかし、それでいてその「言い合い」に私が勝てるか、というとなかなかそうはならない。
夫婦間(男女間)の「言い合い」は決して「ディベート」ではないのである。

私がいかにうまくA→B→Cという風に組み立てていっても、「いいやAなんかじゃない」の一点張りで、譲らない。それでも私がA→B→Cと主張し続けると、しまいに機嫌が悪くなる。たちが悪いのは私も連れ合いも、強度の「負けず嫌い」である、ということである。しかし私も天気予報には長けているので、雲行きが怪しくなってくると「まあいいや」ということで、意見を譲る。大体議論していることは、「女性は産む機械」発言はいかがなものかとか、介護保険制度の問題点はとか、日本酒の紙パックの是非について、とかわれわれの夫婦生活にとっては、深刻さからかけ離れたテーマであるので、私も議論の勝ち負けには固執しない。私がそういった雰囲気を出すとその場の議論熱がシューと冷えてきて、まあいいかという空気が支配する。そうなると「負けず嫌い」虫も奥のほうに引っ込んでいく。
なんというか、そういう呼吸がうまくマッチしない人だとおそらく共同生活というのはなかなか成立しないんじゃないかと思う。

2 thoughts on “日常風景として言い合い

  1. Rashitaさん
     おはようございます。
     TBありがとうございます。
     確かに「言い合い」は「ディベ-トで」はないですね。
     天気予報に長けている・・・Rashitaさんを見習わなくてはと思っています。(笑)
     ありがとうございました。

  2. >こうめいぶるさん
    どうも、おはようございます。
    私が長けているのはすごく局地的な天気予報だけですのであんまり自慢にならないところが残念です(笑)

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