4-僕らの生存戦略

Win-Winについての雑記(1)

以下の記事を読みました。

Win-Winあるいはオトナ同士の対等で公平な関係(Word Piece)

だけど、冒頭のツイートにもあるように、多くの場合Win-Winという言葉は「〈妥協点〉や〈落としどころ〉を探る」という意味で使われている気がする。あるいは相手から譲歩を引き出す交渉術のような意味合いで使われたり。「7つの習慣」の概念でいえばこれはWin-Lose、Lose-WinまたはLose-Loseだ。

もはや自己啓発書の古典といってもよいスティーブン・R・コヴィーの『七つの習慣』には、Win-Winという概念が登場します。その名前を聞いたことがある人は多いでしょう。

では、それがどのような文脈で登場するのかをご存じでしょうか。多くの場合、文脈がわかっていなければ、ほとんど何もわかっていないに等しいものです。

7つの習慣-成功には原則があった!
7つの習慣-成功には原則があった! スティーブン・R. コヴィー Stephen R. Covey

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『七つの習慣』では、第四の習慣としてWin-Winが登場します。

第四の習慣 「Win-Winを考える」

ご理解頂けたでしょうか。

コヴィー氏は、「何がなんでもWin-WInじゃなきゃダメ」と手足をバタバタさせているわけではありません。Win-Winにせよ、とすら述べていません。

第四の習慣は、「Win-Winを考える」、なのです。

5つの状態

『七つの習慣』では、大きく分けて5つの状態が提示されています。

・Win-Win 自分も勝ち、相手も勝つ。それぞれの当事者がほしい結果を得ること。
・Win-Lose 自分が勝ち、相手を負かす。
・Lose-WIn 自分が負け、相手を勝たせる。
・Lose-Lose 両方負ける。
・Win 自分の勝ちだけを考える
※もう一つ「WIn-WinまたはNo Deal」があるのですが、今回は割愛。

「Win-Lose」は、非常によく見られる状態です。いわゆるゼロサムゲームですね。自分が勝ち、相手が負ける。自分が儲ける、相手が損する。

その逆の、「Lose-WIn」も実はありふれた状態です。「私のことは気にしないでいいですから、ささ、どうぞ、どうぞ」というもの。自分が苦痛なり損害なりを引き受けることで、相手に勝ちを譲るわけです。

言うまでもなく、「Win-Lose」を好む人と「Lose-Win」を好む人は引き合う関係にあります。少なくとも、何かの限界が来るまでは、両者の関係性は維持されるでしょう。

「Lose-Lose」は、双方が譲り合ってしまう__道を歩いているときに前から歩いてきた人に道を譲ろうと右に避けたら、その人も同じ方向に避けて結局両方進めない__というのではなく、むしろ両方が「Win-Lose」を求めてしまい、結果的に「Lose-Lose」になってしまう、という場合が多いでしょう。

一対一の選挙で、お互いにネガティブキャンペーンを行ってしまい、結局政治制度そのものへの信頼を失うとか、相手のプレゼンをこき下ろしすぎて、自分のプレゼンに注ぐ余力がなくなった、みたいな状況です。

最後の「Win」は、相手がどうなろうと__つまりWinになろうがLoseになろうが__気にせず、ただただ自分のWinを求めるという態度です。職人気質というよりも、若干オタク気質な感じかもしれません。そういう人もときどき見かけますね。

選択できること

これらの状況__特にLoseを含むものが__が、あまり望ましいものではないことは合意できるでしょう。しかし、こういう態度をまったくとってはいけない、などとコヴィー氏は述べていません。もしそんな風にWin-Winを紹介している人がいたら、その人は『七つの習慣』をあまり読めていないのでしょう。

たとえば、オリンピックでは勝者と敗者が必ず存在します。そこでは、やはり自分のWinを追究するのがベストです。Win-LoseやLose-Winであっても、時と場合によっては最適な選択になりうるのです。

ゲーム理論を持ち出せば、一回きりのゲームと、同じ相手に繰り返されるゲームでは戦略が違ってきます。それと同じことです。Win-Winだけが唯一の絶対解ではありません。

しかし、それと同じようにWin-Loseが(あるいはLose-Winが)唯一の絶対解ということもありません。

ここが重要なところです。

普段からWin-Loseを求める人は、それが唯一の在り方だと考えてしまいがちです。思考の落とし穴にはまっているのです。でも、もしかしたらその時の状況では、Lose-Winや、Win-Winな形が一番良いのかもしれません。

だからこそ、「Win-Winを考える」、なのです。

Win-Lose思考、あるいはLose-Win思考の人は、状況を二分法で捉えています。誰かが勝てば、誰かが負ける。自分が負けたくなければ、相手を負かす。たしかに、そういう状況はあります。でも、違った状況もあります。問題は、違った状況にいるにも関わらず、惰性的な思考を働かせてしまうことです。

「Win-Winを考える」はある意味で、二分法からの脱却を目指すこととも言えるでしょう。

時と場合によって態度を選択できること。そして、長期的な人間関係を築く上で何が重要なのかを知ること。それが「Win-Winを考える」です。

これを理想論と笑うならば、私はただその姿を眺めているしかありません。

Win-Winとアイデア

状態がすでにWin-LoseやLose-Winにはまり込んでいる場合、それをWin-Winに変えようとするならば、アイデアが必要になってきます。

アイデアとは、ジンテーゼのようなものです。ある状況があり、その状況に付随する問題がある。それらをまるっと解決するのがアイデアです。

ボールペンの利便性
ボールペンは消せない
フリクション!

Win-Winは、

私が満足すれば、相手が不満をおぼえる
相手が満足すれば、私が不満を覚える
私も、相手も満足!

同じ構造ですね。

そして、アイデアを考えるのと同じように、Win-Winは「そこにあるに違いない」と思えなければなかなか見つけることができません。

全員を満足させるに十分な結果があるはずだ、というパラダイムに基づいている。ある人の成功は、他人の成功を犠牲にしなくても達成できる、という考え方である。

Win-Loseという状況があったとして、それを変えたいと思う。でも、それを変えることってつまりLose-Winになるんじゃないの?という考え方から、抜け出すことがWin-Winの始まりです。

Win-Winとは、当初それぞれの当事者が持っていた案ではなく、全く新しい第三案の存在を信じることであり、相手や自分の考え方に限定される必要はなく、より良い方法があるはずだと確信することである。

これもアイデアと同じ構造です。たとえば、文章を書いていても、似たようなことがあります。

ある文章を書いたとして、どうにも表現が気にくわない。描写不足な気がする。だから、書き加えたいのだが字数オーバーになってしまう。どうしたものか。そのままの状態にしてしまうことは、自分の負けですし、字数オーバーを許容してもらうのは相手の負けです。

でも、うんうん頭をひねっていると、ぴかっと文章が閃くことがります。違う視点からの表現を思いつくのです。もともとの文章とはまったく違った形をしているのですが、自分が十分納得できる表現であり、しかも字数規定にきっちり収まっている。そういう文章が生み出せることがあるのです。

もし、私が最初に書いた文章に拘っていたとしたら、新しい__そしてより良い__文章に巡り会うことはなかったでしょう。

Win-LoseやLose-Winからの脱却も、一度その状況を新しい視点から眺めてみることが必要になります。

さいごに


Win-Winについて説明が終わったので、ここからが本題です。

が、そろそろ長くなったので、次回に譲ります。

Win-Winについて考える場合、自分にとって何がWinなのかは、決して無視できません。それについて書きます。

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