4-僕らの生存戦略 7-本の紹介

再読『考える生き方』

発売されてから一年と少し経ったので、あらためて読み返してみた。

考える生き方
考える生き方 finalvent

ダイヤモンド社 2013-02-21
売り上げランキング : 31760

Amazonで詳しく見る by G-Tools

なにせ私はfinalventさんを(勝手に)近くに感じすぎている。本が発売された当時は、テンションが上がりすぎていて、近視眼的になっていたかもしれない。その懸念もあって、一回目に読み終えたときの書評(※)は客観的な視点を諦めていた。無理なものは、無理である。
【書評】考える生き方(finalvent)

ある程度時間が経ったことで、もう少し落ち着いて本書を読めるかもしれない。そう考えて再び手にとったわけだ。じゃあ、今回はちゃんと読めたのかというと、やっぱり怪しい。自分は読み切れていないのではないか、という懸念は消えない。

でもまあ、改めて思ったこともあるので一度書いておきたい。

商業出版で発売される「本」というのは、(一応)マスに向けてのメディアである。多くの人に読まれるコンテンツ、ということだ。それを考慮すると、「本」には多くの人が望むであろう情報が載せられる。

さて、ビジネス書・自己啓発書で紹介される「人生論」は、基本的に「成功者」のお話である。何かしらの意味で「成し遂げた」人の考え方や過去のお話が開示されていく。一体誰が、成功しなかった人の話など聞きたいだろうか。しかし、本書の著者は「立派な履歴がない」「社会的には失敗者になってしまった」と自ら書いている。

ここで、もちろん否定の声はあがるだろう。finalventさんはアルファブロガーだし、こうやって本だって出版しているじゃないですか、と。私自身も『極東ブログ』は立派な履歴に数えて良い気がする。でも、ふと考えてみる。これって履歴書に書けるのか、と。たぶんダメだろう。仮に書いても痛いやつ扱いされるに違いない。きっと、経営コンサルタントの依頼だって来ない。朝生に呼ばれたりもしない。

その視点からみれば、たしかに「社会的には失敗者」と言えるのかもしれない。おそらく1万人の日本人を集めて__中にはネットなどほとんど使わない人も多いだろう__、finalventさんの話をしても「ふ〜ん」みたいなリアクションが大半だろう。それでも、私のようにfinalventさんの新刊が出たらダッシュで買いに行く読者がいることもたしかなのだ。ここに奇妙なねじれがある。

話を戻そう。

私も「成功者」の話をさんざん読んできた。特にビジネスで業績を上げられた人の話が多い。そういう人は、昔から光り輝く「希望」を持ってことにあたり、さまざまな困難を乗り越え、今に至っている。初志貫徹。実にすばらしい__ように思える。たぶん、脳のアイデンティティ機能のせいだろう。何かが続いている方が、好ましく感じるのだ。

でも、ほんとうにそれでよいのだろうか。それって単なる生存者バイアスじゃないのだろうか。

人間が生きていると、ときどきとんでもないことが起きる。自分の手ではほとんど何もできないような事態だ。それに巻き込まれれば、嵐が過ぎ去るのを待つしかないような事態。そこでは「希望」などあまり役には立たない。というか、嵐が過ぎ去った後の足かせになることすらある。

まったく同じスペックの人でも、嵐に出会うか出会わないかで結果は大きく違ってくるだろう。そのことに、私たちはどのような教訓を見出せばよいのだろうか。

「成功者」のお話は面白いし、役にも立つ。でも、「成功者」はその言葉がもつニュアンスからいって、なれる人は限られている。おそらくこれからの日本では、どんどんその数は減っていくのだろう。そういう社会においては、「社会的には失敗者」としての生き方が、受け身を練習するかのように大切なことになっていくのかもしれない。

自分の人生を見つめてみても、「社会的には失敗者」だなと思う。冗談でも謙遜でもない。同い年で会社員をやっておられる人の方が、はるかに年収は上だろう。いろいろなところに通用する肩書きも持っていない。たまにそのことに虚しさを感じないわけではないが、ごくごく微量である。

私は、20代の前半に形而上学的に一度死んでいるようなものなので、社会的な野心はまったく持ち合わせていない。たまに「仙人みたいですね」と言われるが、むしろゾンビの方が近いだろう。ゾンビは出世など望まない。でも、本当に言葉通りゾンビなのかというと、それも違う。

私は、私なりに自分がやっている活動に意味を見出していて(ゾンビは意味を見いだせない)、それが社会的な成功と無縁でもぜんぜん構わない、というだけである。こう書くといかにも強がりな感じがするが、ほんとうにぜんぜん構わないのだ。あえて拒否はしなけれども、自分から求めるようなこともしない。

ときどき、私は他の人とまったく別のゲームをプレイしているような気すらする。たぶん、それは本当のことなのだろう。そして、その方がうまくいくことも多い。カタンで道伸ばしプレイと、カードゲットプレイでは集める資源が異なる。両者がうまく協力できることも多い。

さいごに

結局、書評みたいな記事にはならなかった。仕方がない。無理なものは、無理である。

それでも20代半ばぐらいの人に、一度は読んでもらいたい本だな〜と改めて確認した。人生というのは、失敗もあるんだよ、と。むしろ、失敗の後からが、人生の始まりなのかもしれないよ、と。

人生は自分自身でしか理解できない部分がある。一生懸命その場その場で考えて生きていくしかないこともある。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です