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政党のなかの議員の能力

人間なにが信用できないってコロコロ態度を変える人間ほど信用できないものは無い.。
一度言った事は最後まで曲げない人間もいれば、5分前に行ったことをまったく否定し180度違うことを主張し始める人もいる。
どちらが芯があるかというともちろん前者ではあるが、周りの人間が扱いづらいのもまた確かである。

赤城農相:方針転換し給与2カ月分返納 松岡前農相表明分

緑資源機構の談合事件をめぐり松岡利勝前農相が自分で表明した閣僚給与の3カ月分(約74万円)の国庫返納について、赤城徳彦農相が27日、引き継ぐ形で閣僚在任期間分の給与2カ月分(約50万円)を返納した。農相は24日の閣議後会見で「返納は前の大臣が判断したこと」などと、引き継ぐ考えがないことを表明していたが、方針を転換した。

しかしまあ、いくら扱いやすいからといってこう簡単に方針を変える人、しかも政治家というのはどう評価すべきだろうか。周りの状況を見回してみてどうも返さないといけない空気というのを感じ取ったかあるいはもっと直接的な圧力がかかったのかはわかりませんが、ひとついえることは前もっての状況判断が甘かったということでしょう。

状況対応能力としての方針の変換と、読みが甘いことによって誘発される問題に対する方針の転換というのは大きな違いがあると思う。
前者は、さまざまな可能性を検討し、とりあえずひとつの選択はするがほかの可能性についても常にアクションが取れる状況を想定しているのに対して、後者は狭い視野で行進を意気揚々と送り出してしまい、地形に対応しない舞台編成だとか、まったく約に立たない装備などにそのときになってから気がつき、手近で出に入るコストが高いもので代用せざる得なくなったり、装備を整えるために撤退せざる得ないという状況に部隊をおとしめている、そのような状況である。

普通に生活している人でも自分の発言がどのような影響を与えるのかというのはある程度考えて発言しているだろう。それが仕事の場であればなおさらそれが必要である。
政治家にいたっては言動がパブリックな場にさらけ出されているわけでその影響の広さというものは一般人と比べられるものではない。もちろん言動には慎重にならざる得ない。
官僚・大臣などのちょっとズレた言動というのは、単純に何も考えないで発言しているか、そもそも「これが問題視されるのかどうか」という基準が一般の人とずれているという二つの原因があるのだろう。
前者は管理能力に欠けているし、後者は一生かかっても「庶民の視線」でものをみることなどできないだろう。

ここしばらく取り上げられている赤城農相の言動をみると、さすがに大臣を務める能力があるようには見受けられない。領収書の二重計上というような問題ではなく、単純に政治家として能力の足りていない人間はさっさと大臣を辞めてしかるべきだろう。
彼を担ぎださなければならないくらい日本の政治家の質というのは落ち込んでいるのだろうか。とすると、日本の将来に悲観的に成らざる得ない。
自民党は特に「客寄せパンダ的」な議員を立てるのが好きだし、そういった人間を党内に抱えていても人材としては活用できない。自民党が大きな勢力を持って選挙でも勝てる環境ならばこういった対して能力も無いが知名度は高いので優遇される立候補者というのは重宝されたのだろう。しかし、今はそれだけでは勝てない選挙多くなってきている。党として当選できる人間の数が限られているのにそういったアピールだけを目的とした議員は党の政策能力などに関しては完全にお荷物になってしまう。

多くの企業が過剰な社員を如何にして再構築していくかを考えなければならないように、政党もその議員についてきちんと精査していく必要があるのではないかと思う。

2 thoughts on “政党のなかの議員の能力

  1. 農水相をやめる(やめさせられる)から、
    結局また、返納を取り消したりして・・・。
    とんでもないおぼっちゃまでした(すでに過去形)。
    彼を見てたら、農林省に採用されたときにすでに
    不正があったんじゃないかと思ってしまいました。

  2. > emichan/su さん
    まあおぼっちゃまでも公務員にはなれますんで(笑)
    ちなみに彼の座右の銘は「政治家は一本のろうそくたれ」だそうです。
    もう燃え尽きてしまったんでしょうか・・・。

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