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長崎原爆の日に思う

2007年8月9日。62回目の長崎原爆の日である。われわれはこの日に一体何を思うべきなのだろうか。

長崎原爆:平和祈念式典 宣言で非核三原則の法制化求める(毎日新聞)

長崎は9日、62回目の原爆の日を迎えた。爆心地近くの平和公園で、長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典があり、4月の銃撃事件で死亡した伊藤一長・前長崎市長を引き継いだ田上(たうえ)富久市長(50)が初めての平和宣言を読み上げた。市長は宣言で、原爆投下を巡る久間章生前防衛相の「しょうがない」発言に触れ、「誤った認識」と批判し、非核三原則の法制化を求めた。また、米国など核保有5カ国に加えて、北朝鮮やインド、パキスタンなど新たな核保有国の出現に対し「核不拡散体制が崩壊の危機に直面している」との認識を示し、政府に核兵器廃絶に向けた強いリーダーシップを求めた。

世界中から核兵器は減っているのだろうか。核兵器廃絶に向けて世界中かひとつの意志の元に力を合わせているだろうか。
無論そのようなことは無い。日本自身ですら核兵器を持つことが想定されかねない世界情勢というものがそこには厳然と存在してしまう。

さらに、00年の核拡散防止条約(NPT)の再検討会議で、核保有国が全面的な核廃絶を約束したことを指摘しながらも、核保有5カ国に加えて新たな核保有国が相次いで生まれている現状に対し「核兵器使用の危険性を一層高めている」と述べ、核を巡る世界の現状を憂慮した。その上で、名指しこそしないものの、久間前防衛相の「しょうがない」発言や麻生太郎外相らが唱える核保有論などに言及。「被爆国の政府として廃絶に向けリーダーシップの発揮を」と国に注文を付け、「非核三原則を国是とするだけでなく、その法制化こそが必要です」と訴えた。

基本的に核保有国が世界のバランスをとろうとする中で、核兵器を廃絶していくというのはもはや理想よりも空想に近いものなのかもしれない。
誰だって自分の力を自ら放棄したいとは思わないものだ。そしてその力が強大であればあるほどその傾向は強いものになるだろう。

さて、日本は一体どのような態度で世界に対峙するべきなのだろうか。
われわれは何を望み、何を実現するべきなのだろうか。

「あのような惨劇を二度と繰り返させない」
本当にそれに尽きるのではないか。世界中から核兵器をなくすことはできない。圧倒的な技術革新が起こり一瞬で核兵器を無効化するようなそんな夢のような技術が確立されない限りそれぞれの国がパワーバランスを眺めながら核兵器を所有し続ける今の状態に変化は訪れないことだろう。インドやパキスタン、北朝鮮などが核兵器を所有することを望むのも、日本がアメリカの傘下にはいっていることも自己防衛としてみれば非常に理にかなっている。
単純な軍事力以上の何かが核兵器にはある。それは日本が核武装をする、という議論が持ち上がるたびに起きる圧倒的な非難からも理解できるだろう。

そのような力を持った核兵器を廃絶するためには日本という国の力はあまりにも弱すぎる。核廃絶を他の国に訴えかけるほどの力は核保有国にしかないという笑えて繰るほど捻じ曲がった構図の中で完全に日本という国のポジションは無い。日本とアメリカの力菅家を見ればそれは痛いほど伝わってくるだろう。われわれが世界に向けて唯一発信できる要素は「被爆国」であるというその一点に尽きる。

では、被爆の痛みを知る国として日本は存在できているだろうか。日本人のどのくらいが核兵器というのはどういったもので、どのような害があり、実際に広島と長崎でどれくらい犠牲者がでて、現在にもその被害の足跡が残っている、ということを知っているだろうか。なんとなく曖昧で漠然としたイメージで核というものが語らえていないだろうか。

歴史の教育の中で、近~現代史がおろそかにされている現状では、そういった知識が一般化していなくてもそれはある程度やむないことなのかもしれない。
しかし、「唯一の被爆国」としてできることは、その脅威を伝えることに尽きるのではないだろうか。それは国連の代表が会議で発言するということだけではない。一人ひとりの日本人がきちんとしたイメージを共有している、そして海外の人間にきちんと自分たちの思いを伝えられる、ということではないだろうか。
そういう意味で、まだまだこの国の力は弱いといわざる得ない。
非核三原則の法制化よりもそういったところに力を入れていく必要があるのではないだろうか。

「唯一の被爆国」として存在する日本。改めて考えれば「唯一の核兵器使用国」として存在しているはずのアメリカ。その二つの国が同盟関係を結んでいる、というのも滑稽であるのだが、それこそが核兵器のもつ力を示すものだといえるのかもしれない。
そしてそれはそのまま今後のわれわれが考えなければいけない大きな課題のひとつだともいえる。我々は大きな傘の下守られているのか、それとも呪縛にも近い束縛のした軟禁されているのか。

2007年8月9日。われわれはこの日に一体何を思うべきなのだろうか。

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