7-本の紹介

【書評】偶然の科学(ダンカン・ワッツ)

大成功した企業が登場し、専門家がその成功要因を「分析」して、ノウハウ化する。

というのは、だいたい役に立たないことが実によく理解できる本である。

偶然の科学 (ハヤカワ文庫 NF 400 〈数理を愉しむ〉シリーズ)
偶然の科学 (ハヤカワ文庫 NF 400 〈数理を愉しむ〉シリーズ) ダンカン ワッツ Duncan Watts

早川書房 2014-01-10
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印象としては、タレブの『ブラック・スワン』と『まぐれ』、カーネマンの『ファスト&スロー』、ハース兄弟の『スイッチ!』あたりが好みならば、間違いなく楽しく読める本だ。

人間が抱える常識と、それに基づく予測の不確かさを検証しながら、「じゃあ、どうすればよいのか」にまで言及している意欲的な一冊である。

概要

原題は「Everything Is Obvious: *Once You Know the Answer」。すべては自明である__一度でも答えを知ってしまえば、と少々皮肉が効いている。

そしてこれは、まさに私たちの認知が頻繁に行っていることでもある。

何か事件が起きる。すると、それを引き起こした「原因」をすぐさま察知し、私たちは納得する。さも、それが起こるべくして起こったかのように。でも、本当のところ、その「原因」が正しいのかどうかはわからない。

しかし、歴史にIFはなく、それはつまり比較対照実験のしようもないわけだから、その「原因」が検証されることはない。だから、完璧な説明として成立してしまう。他の可能性など思いもつかない___つまり、自明なのだ。

その「自明である」という感覚は、控えめに言っても「真理の探究」とは真逆である。そこに科学的発展の余地はなく、同じ過ちを繰り返す結果になりかねない。

本書は、私たちの「常識」に光をあて、その常識によって建設される「推測」の塔がいかに危ういモノであるかにメスを入れていく。予測できることと、それができないことを選り分けて、できないことへの対処法も考えていく。

章題は以下の通り。

第一部 常識
 常識という神話
 考えるということを考える
 群衆の知恵(と狂気)
 特別な人々
 気まぐれな教師としての歴史
 予測という夢
 
第二部 反常識
 よく練られた計画
 万物の尺度
 公正と正義
 人間の正しい研究課題

常識が機能しない場所

第一部では、常識(コモンセンス)なるものと、それが引き起こす問題を解き明かしていく。

重要な指摘は、常識は実践的である、という点だ。

ひとつめは、基本が理論的な正規の知識体系と異なり、常識はきわめて実践的であることだ。つまり、どうすれば答が得られるかと悩むよりも、問いに答えを与えることに重きを置いている。

常識で現実の問題に対処するとき、「なぜ、そうなっているか」という考察は必要ではない。「常識だから、こうする」という反応的な対応で十分なのだ。

会社に行くときは何を着る? スーツだ。
なぜ? そういうものだから。

万事こういった感じである。そこになぜの深掘りは必要ではない。そんなことをしなくても、問題を解決できる__この場合会社で浮かなくてすむ服装を決められる__のが常識の働きである。

共通でない常識

もちろん、そこには問題もある。常識は英語で「common sense」と言うが、本当の意味での「common(共通)」ではない、という点だ。常識は時代や文化によってかわってくる。国や職業的立ち位置によっても違うだろう。

本書では最後通牒ゲームによって、その違いをわかりやすく例示している。

最後通牒ゲームとは、心理学ではお馴染みなのだが、二人一組になり、片方に一定の金額、たとえば100ドルを渡す。渡された方は、自分の取り分を決め、それをもう片方に伝える。「私は80ドル受け取るので、あなたは20ドルになりますね」。伝えられた方は、それを受諾するか拒否するかを選択する。こんなゲーム(実験)である。

あなたが最初にお金を受け取ったプレイヤーで、さらに経済合理性を最大限に追求するならば、自分99・相手1、を提示するだろう。でも、常識的に考えれば、そんな判断はしないはずである。まず自分50・相手50あたりを選択するはずだ。ちょっと色気を出して、自分60・相手40ぐらいまで突っ込んでみて、ギリギリのやりとりを楽しむかもしれない。

しかし、パプアニューギニアのアウ族とグウナ族はまったく違う。自分よりも相手の取り分を多く申し出るのだ。なんと利他精神に溢れる部族だろうか……、と驚くのはまだ早い。そうした「公正すぎる」申し出は、不公正な申し出と同じぐらい拒否されるというのだ。つまり、私は30でよいので、あなた70とってください、と言われたら、「そういう取引は受諾できません」となるということだ。

一見すると__あるいは私たちの常識から考えると__不可解な態度である。しかし、彼らの部族が「贈与」に重きを置いていると聞くと納得できる。彼らは、何かを受け取ったら、必ずそれを返さなければいけないのだ。だから、「公正すぎる」申し出を受け取ってしまうと、余計な義務を抱え込んでしまうことになるわけだ。だから、申し出は拒否される。

こうして理由を聞くと納得はできるが、それまではなんだかよくわからない、あるいは不気味な立ち振る舞いのようにも見えてしまう。著者はこう述べる。

ある人にとっては当たり前のことが、ほかの人にはばかげて見えるのなら、世界を理解する土台として常識は頼りにならないのではないだろうか。

常識のボーダー

常識は、日常的な問題を解決するにはすごく役に立つ。しかし、自分の日常を越えたものを理解するのには役に立たない。

多くの場合、その機能不全は問題にはならないが、たとえば政策立案者やグローバルな企業活動を行う経営者ならば、どうだろうか。

さらにいえば、ソーシャルネットワークの普及で、自分たちの日常的常識で「ものを言う」人が増えている問題もある。自分にとっての「当たり前」をすぐに世界レベルにまで敷衍し、言及してしまう。ときにそれが寄せ集まって大きな声になることもあるだろう。そこには、ある種の危うさすら感じられる。

そして、この話は常識とそれに基づく推論が抱える問題の一部でしかないのだ。

いくつもの問題

私たちは誰かが何かする理由を、自分自身のインセンティブにおいて理解しようとするが、そもそも自分自身のインセンティブをきちんと理解できている人はほとんどいない。だから、推測はたいてい間違う。

さらに、私たちは集団における影響を無視し、個人を原因としたがる。ものすごいCEOがいたから、あの会社は成功したんだ、というシンプルな物語を好む、というわけだ。そこでは創発現象は無視されている。本当は、個人よりもそれぞれの関係性が大切なのかもしれないが、シンプルな物語ではそうした要素は埋没してしまう。

最後に、私たちは歴史から学んでいるように感じて、その実ほとんど学べていない問題もある。これは本当によくある話で、「成功した企業10社を集めて、その特徴を分析した」という話は、だいたいにおいて意味がない。最低限、『ビジョナリー・カンパニー』シリーズのように、同じような条件下においてまったく成功しなかった企業を並べる必要がある。成功を生み出したかのように見える要因は、単にそれが目立つ要素だっただけかもしれない。

しかし、「実際に起こったこと」は大変強力なので、その説明に始終して、「起こってもおかしくはなかったが起こらなかったこと」はほぼ無視されてしまう。こうしたものから原則という名の再現性を求めるのは大変に危険だ。怪しいコンサルタントだけではなく、私たちの日常的な「出来事からの学び」や、書店にならぶビジネス書まで、似たような状況に陥っているものは多い。そういう傾向を、脳がデフォルトで持っているのかもしれない。

ともかく、常識が自分の日常的な問題対処から、一歩抜け出ようとするときさまざまな不具合が生じることになってしまう。本書の第一部では、徹底的にそれが解明されていく。

常識の外で、どう振る舞うか

常識の問題点を明らかにした上で、第二部ではもう少し踏み込んだ問題にフォーカスを当てている。

まずは、常識に基づく予測が完璧であり得ないのなら、私たちはどうすればよいのか、という問題だ。この答えはシンプルで「計画者が直感と経験のみに基づいて計画を練り上げられるといううぬぼれを捨て」て、現場の知識や情報を活かすようにすることだ。なぜそうなのかは、本書を直接ご覧頂きたい。

もう一つ、第二部で重要なのが、第九章の「公正と正義」である。

私たちがバイアスによって、偶然と必然、運と実力、会社の成功における個人の貢献と関係性の貢献、といったものをうまく切り分けられないとするならば、「公正や正義」はいかにして実現すればよいのかが問題になってくる。この章はある種の問題提起であり明示的な答えは示されていないように感じるが、マイケル・サンデルの「正義」に関する著作が思索を進める助けになってくれるだろう。

最後の「人間の正しい研究課題」では、Facebookなどの新しいツールの登場で、社会学がこれまで「実験」できなかったようなことが、__それも実験室の外で__行えるようになっている、という話が紹介されている。最近読んだ別の本にも似た話が登場していたので、個人の交流が盛んになる、以上の社会的効果がこうしたツールにはあるのだろう。

さいごに

著者は常識に基づく推論ついて、こんな風に書いている。

したがって、常識に基づく推論はただひとつの決定的な限界ではなく、複数の限界が組み合わさったものに悩まされている。そしてそれらはすべて補完関係にあり、さらには互いを覆い隠している。その結果、常識に基づく推論は世界を意味づけするのは得意だが、世界を理解するのは必ずしも得意ではない。

しかし、私たちは意味づけできると、あたかもそれを理解できたかのように勘違いする。

今の日本では、過去通用していた「常識」が、少しずつ通用しなくなってきている。その過渡期においては、一つの文化圏内に、異なる世界の意味づけが併存してしまう。きっと、そこに溝があり、その溝が軋轢を生み出してしまうのだろう。

そんな現代だからこそ、改めて「常識」について考えてみたいところである。

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