0-知的生産の技術

記憶と記録と価値判断の伝承について

「EvenoteDays」で石井裕さんの基調講演を聴いてから、ずっと考えていることがあります。

「未来へと記憶を伝えるために大切なのはビジョンを持つこと」——MIT メディアラボ副所長 石井裕 氏が語る記憶の未来(Evernote日本語版ブログ)

「過去に何度も同じレベルの震災があった。でも結局、人々はそれを忘れてしまいました。風化した石碑『大津浪記念碑』には 1896年 と 1933 年の三陸大津波を生き延びた先人たちの知恵が刻み込まれていました。『高き住居(すまい)は児孫(こまご)に和楽(わらく)、想へ(おもえ)惨禍(さんか)の大津浪(おおつなみ)、此処(ここ)より下に家を建てるな。』と。伝承があったにも関わらず、なぜ忘れてしまったのか」

石碑は、そこにあったのです。
記録は、そこにあったのです。

でも、その情報が活用されることはありませんでした。

一つには記録があっても、参照されなかった状況があるのかもしれません。

ノートを取っていても似たようなことはありますよね。記録しておいたのだけれども、その記録の存在そのものを忘却してしまう。あるいは、ノートがどこに保存してあるのかわからずに、見つけられない。そんな状況です。

その問題に関して言えば、リマインダーで対応できるでしょう。デジタルの記録は、そうしたことが可能です。つまり、「マスター、こんな記録がありますよ」とアリス(※)が手渡してくれるわけです。データの方からやってくる、と表現してもよいでしょう。
※ページ末リンク参照

リマインド

私たちが持つ記憶の脆弱さを、電子的な記録がサポートしてくれる。きっとそれは、記憶と記録の関係性のあるべき姿の一つなのかもしれません。

私は、Googleカレンダーにリピートで3.11にイベント登録しています。そして、それをトリガーとしてEvernoteに保存してある地震や津波の写真を見返します。

今のところ、私がイベント名を確認して、Evernoteを見返すという行動は意識的に行わなければいけません。しかし、ツールの進化が進めば、カレンダーのイベントを自動的なトリガーとして、Evernoteのノートをスライドショーのように表示させることも可能になるでしょう。表示先がGoogleグラスのような端末であれば、日常風景の上に、それらのノートが表示させることができます。

リマインダーとしては、非の打ち所がありません。

でも、それだけで記録の扱いに関する問題を解決できるかというと、もう少し考える余地はありそうです。

記憶の引き継ぎ

石碑はそこにありました。

もしかしたら、そのことを多くの人が知っていたのかもしれません。情報は忘れられていなかったのかもしれません。どこに家を建てるか、どこまでを開発するか。そういうことを決定できる立場の人間も、その石碑に刻まれた伝承を受け継いでいた可能性は十分あります。

でも、最終的に活用されることはありませんでした。

「この地域は、被害にあった」

という情報が受け継がれていても、それを活用する側が「そんなことは、もう起きないだろう」と判断してしまえば、この情報は死にます。あるいは、「起きるにしても、かなりの低確率だろうし、開発を進めて得られるメリットに比べればたいしたことはない」と判断した場合でも同様です。

これは、情報は引き継がれていたとしても、その情報を残したときの心情は引き継がれなかったと言えるでしょう。だから、情報価値の判断が変わってきてしまうのです。

記録によって情報は引き継がれていても、記憶そのものは引き継がれなかった、と表現できるかもしれません。

上のような判断を、愚かしいと断じることはできません。なにせ世の中にはたくさんの記録があるのです。それらすべてを重要事項に指定することはできません。記録によっては互いに矛盾するものもあるでしょう。虚偽の記録が混ざっているかもしれません。

何か出来事が起きてから、過去を振り返って「あれは大切な情報だった。なぜ活用しなかった」と言うのは容易いですが、まったく同じタイミングに、活用できた__しかし、意味を成さない__情報は山のようにあったはずです。それらを人間がやすやすと判別し、適切に行使できるとは、私には信じられません。

もちろん「やすやす」とできないからといって、やる必要がないわけではありません。むしろ、情報をどのように使うのかについてもっと意識的・意欲的になるべきでしょう。ただ、「有効な記録があるのだから、問題は簡単に回避できたはずだ」と考えてしまうと、進む道を誤ってしまう気がします。

つまり、何が有効であるのかをどのように判断するのか、というのが記録を扱う上では重要になってくるのです。

覚えていること

私がGoogleカレンダーのイベントを確認しても、「まあ、今日は忙しいからいいか」と判断してしまえば、ノートを見返すという行為は発生しません。そして、記憶はどんどんと薄れていくわけです。価値の判断が、行為を支えているのです。

あるいは、私が長らく生きていき、3.11に多数のイベントを経験するかもしれません。それらのイベントのたびに、私がノートを見返すように設定したとすれば……。たくさんのノートに埋もれ、30代のころのノートには見向きもしなくなる可能性もあります。

今の私のEvernoteには、たった5万ほどのノートしかありません。これから10年、20年生きていけばノートの数はどんどんと増えていくでしょう。そうやって時間が経過すればするほど、ノートの数は増え、私の過去の記憶は薄れ、それに伴って価値判断の基準も変わってきます。

人というのは、そういう存在です。

体験を蓄え、記憶が増えると共に、過去の記憶が薄れていく。そして何が大切か、大切でないかも徐々に変わっていってしまう。時間と共に、さまざまなものが変化していきます。もし、それが世代を越えてしまえばどうなってしまうでしょうか。

だからこそ、「何かを覚えていること」が意味を持つのです。
だからこそ、記録が大切なのです。

さいごに

リマインダーは、記録を扱う上ための有効な手段となり得るでしょう。記録が増えていけばいくほど、リマインダーは力を持ちます。

でも、何をリマインドさせるのかを決めたり、そのリマインドによって何が「思い出されるのか」についても、きっと考えておく必要があるのでしょう。今後、記録増大社会に移行していくのなら、「記録が残っていれば、それでOK」とは言えなくなってくるはずです。

何かしらのアルゴリズムがそれをサポートするにしても、そのアルゴリズムを作るのもまた人たる存在です。人の人生にとって、あるいは人類にとって、「有効な」記録とは何だろうか。それは過去を振り返れば容易にわかりますが、未来に視点を向けると急激に難しくなります。簡単に扱ってよい問題ではないでしょう。

石井さんは、チャーチルの言葉として、

人間が歴史から学んだことは、歴史から何も学んでないということだ。

を紹介されていました。

人類は「歴史に学ぶ」のであって「歴史を学ぶ」わけではありません。そして、それは「知る」と「学ぶ」の違いはなんだろうか、という問いにもつながってきます。

きっとその問いに対する答えの中に、世代を越える記録の扱い方も含まれることになるのでしょう。

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