線の伸ばし方

「せんぱーい」
「ん?」
「少しお尋ねしたいことがあるんですが」
「なんだ、今日はやたら丁寧だな。ようやく先輩に対する心遣いを覚えたのか」
「就活の成果です!」
「腹黒くなった、というわけか」
「それは聞こえが悪いですよ。本音と建前を分けられるようになった、と言ってください」
「それも充分に聞こえが悪い気はするが、まあいい。で、なんだ」
「実は先輩の専門分野についてお聞きしたくて」
「専門分野? まずアニメだろう。あと、アニメだな。それにアニメとアニメと、そうそう深夜アニメを忘れちゃいけない」
「……」
「なんだ、その沈黙は」
「ツッコミすら放棄するほど悩みきってるんですよ!」
「悩み?」
「そうなんです。実は就活のガイダンスがありまして、自己分析をやった方がいいって言われたんですよ。それで、本屋さんに行って『15分でできる簡単自己分析!(CDガイド付き)』という本を買ったんです」
「……」
「なんですか、その沈黙は?」
「呆れ、だ」
「ひどいじゃないですかー。私は真剣に悩んでいるですよ」
「真剣に悩んでいるわりには、お手軽な解決法を求めるんだな。しかも、よりにもよってそんな胡散臭い本を選ぶとは」
「そうですか? わかりやすい本でしたよ。親切丁寧でしたし」
「きっと巻末に、著者が主催するセミナーに格安で参加しませんか? ぜひ、こちらへメールをどうぞ! 今なら25万円するセミナー動画が無料で閲覧できます。とか書かれてたんだろ」
「な、なぜそれを。まさか目を盗まれた!?」
「貴様こそSFアニメの見過ぎだ。常套手段なんだよ。溺れるものは藁をも掴む。だったら藁を掴ませたければ、溺れているやつを探せばいい。高額で買ってくれるだろうからな」
「先輩はそういうことに詳しいですよね」
「日々研究しているからな」
「人を騙すのとか好きそうですもんね」
「貴様! 誰が、希代の策略家にして辣腕の詐術師だ」
「誰もそんなこと言ってませんよ」
「まあ、いい。それでなぜ俺様の専門分野の話になったんだ」
「そうでした。実はその本には”徹底的に自分の長所を伸ばし、専門分野を作りましょう”って書かれてたんですよ」
「バカでも書けることだな」
「でも、私って自己分析しても長所みたいなものがまったく見つからないんですよ」
「バカだからな」
「……今のはマジでショックを受けました」
「ジョークだ。上質のジョークだ。気にするな」
「言っていいことと悪いことがあると思います」
「いや、一面ではジョークだが、一面では真実だ。風刺というのは、そうでないと意味がない」
「じゃあ、私はやっぱりバカなんですね……」
「そうやって思い悩んだり、分析して何かがわかるつもりになっている、という点ではな」
「えっ?」
「わからないなら、それでもいい。とにかく話を続けてみろ」
「……はい。で、どうすればわからなかったんで『究極の自己分析 〜未来をあなたの手に〜(解説CD付き)』という本も買ってみたんです」
「貴様は付録CDに思い入れでもあるのか」
「なんかお得じゃないですか。CD付いてた方が」
「……まあ、いい。それで?」
「その本を読んでみたら、”これからはプロフェッショナルは危険です。多様な分野に手を伸ばしましょう”ってまったく正反対のことが書いてあったんです。で、ますます混乱しちゃって……。ここは性格がひん曲がっていても何とかこの世を渡って行けそうな先輩にご意見を伺おうと」
「それは人に物を尋ねる態度ではないな」
「でも、事実ですから」
「まあ、そうかもしれん」
「で、先輩はどっちが正解だと思います?」
「あのな、そんなものに正解なんてない。業界によっては尖ったプロフェッショナルでないとやっていけないところもあるし、別の業界ではジェネラリストが重宝されるところもある。それだけの話だ。あたかも人生全般に通用するような物言いは、基本的に疑った方がいいぞ」
「じゃあ、答えはないんですか?」
「答えはあるさ。正解はない、と言っただけだ」
「違いがいまいちわかりません」
「貴様が選んだ方が、答えになるんだ。それが正解かどうかはわからない」
「なんだかあやふやですね」
「人生とは、あやふやなものなんだ」
「じゃあ、先輩の答えはどっちなんですか」
「うむ。俺様の場合は、多重プロフェッショナル路線だな」
「多重?」
「そう。ひとつの分野をとことん追求する。で、満足したら次の分野に移る。そこでも同じことを繰り返す」
「なんだかふらふらしてますね」
「それが性に合ってるんだから仕方がない。ベクトルを思い浮かべてみろ」
「ベクトル? 力の大きさと向きを持ってるやつですか」
「そうだ。ベクトルはスカラーと同じように足し算ができる。まったく同じ向きのベクトルを足せば、線は延びる。違った向きのベクトルを足せば、平行四辺形の対角線に新しいベクトルが生まれる。どちらにせよ、どこかにはたどり着く。問題があるとすれば……」
「あるとすれば?」
「悩んでいて線を延ばすのを止めてしまうことだ。あるいは逆向きのベクトルを足すのもよくない。そういうことを避けていれば、自ずと自分らしい線が引けるはずだ。もちろん、止まってしまったり、縮んでしまうのもその人らしいと言えば、その人らしいわけだが」
「じゃあ、今の私がやるべきことは……」
「そんなブックオンで100円にしかならないような本を読むのに時間を使うのではなく、興味ある分野を貪り、引き寄せられるような体験に飛び込むことだ。それで線は延びていく。それに、長所はそうした行動を積み重ねた後にわかってくるもんだ」
「先輩のアニメ探求は、線を延ばす行為なんですね」
「然り」
「じゃあ、先輩はもう自分の長所をはっきり理解されてるんですね」
「そりゃもちろん」
「じゃあ、二つ三つ挙げてみてくださいよ」
「……」
「ぜひぜひ、遠慮せずに」
「……」
「一瞬、先輩を尊敬しかけた自分を呪いたくなりました」
「その追求心は、貴様の長所だな」

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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