「自分の仕事」をする

最近の私のモットーは、≪「自分の仕事」をする≫ です。

「自分の仕事をする」でもなく、
自分の「仕事」をするでもなく、

「自分の仕事」をする、です。

一見簡単というか、当たり前のことを言っているように感じますが、わりと難しいものが含まれています。

やることを選ぶ基準

「自分の仕事」をする、ということは、「他人の仕事」はしない、ということです。

もちろん、他人の仕事なんて手伝いません!断れる力を発揮です!!なんてことではありません。他人の仕事を手伝うことが、「自分の仕事」に含まれるなら、喜んで助力します。

ただ、「あ〜、これは俺の仕事じゃね〜な〜」と感じたことからは極力距離を置くようにしています。

たとえば、何かイライラしたりむかついたものに遭遇したとします。心の内側ではそれについて一言物申したい気分が湧いてきます。このブログや、あるいはTwitterなんかで。でも、それは明らかに「私の仕事」ではありません。

何かを批判することが私の仕事ならば良いのですが、実際はそうではない。だから、そういうことに時間と労力を使うぐらいなら、面白い文章を一つでも多くこしらえる。それが「自分の仕事」をする、という言葉の意味するところです。

ぶつかる問い

ということを考えていくと、必然的に「じゃあ、”自分の仕事”って何だろう?」という疑問が湧いてきます。

これが案外明確ではないのです。私がフリーランスだから、という面もあるでしょうが、たぶんそればかりではありません。もう少し根底にある問い__”仕事”とは何か?__も、そこには関わってくるからです。

私には私の仕事があり、あなたにはあなたの仕事が、他の人にはまた別の仕事があります。何を仕事と見るか、何を自分の仕事として認識するかは人生と同じくらい多様です。共通解をぽんっと置くことはできません。

業務規定で、「これがあなたの”仕事”ですよ」と決められることもあるかもしれませんが、たとえそうであっても”自分の仕事”ってなんだろう、と考えてみるのは無益ではない気がします。

そして一度その答えを得たとしても、定期的に同じ問いを自分にぶつけてみることも必要な気がします。

タコツボ化の懸念

「自分の仕事」をする。

これを徹底していると、もしかしたらタコツボ化というか閉塞してしまうのではないか、という恐れもあります。広がりが無くなる、ということですね。

ストレートに受け取ると、「自分の領分からはみ出ない」となるわけですから。

でも、自分の領分を広げることも、自分の仕事の一つなのではないかと思います。もちろん、それは「自分の仕事」をどう定義するかによってくるので、正解みたいなものではなく、あくまで私の「感触」に過ぎませんが。

一日の活動のうち何十分かを広げるために使う。あるいは、一年のスパンでみて、一週間を何かしら別のことに使う。そういうのも、「自分の仕事」のうちに含められるのではないでしょうか。もちろん、量的なバランスは考える必要があるでしょうけれども。

あと、経費が落とせるかどうかもかなり微妙です。

さいごに

「自分の仕事」をする、というモットーと、
「自分の仕事」とは何だろう、という問い。

両方があって、はじめてうまく機能するような気がします。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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