7-本の紹介

【書評】ピア: ネットワークの縁から未来をデザインする方法(スティーブン・ジョンソン)

未来を予測することは、たいへん難しい。

なにせ、まだ見ぬものを見なければならない。イノベーションは予測外の領域から訪れるし、バタフライ効果とブラックスワンは、人の想像力をやすやすと乗り越えてくる。

サイコロの目ですら、予測するのは難しい。

しかし、サイコロを振ったら、何か目が出ることは予測できる。

同じように、すでに起きたことから線を延ばしていけば、これから起きることもある程度は予測がつく。

本書が提示する「未来」は、おそらくそういうタイプの未来だ。

ピア: ネットワークの縁から未来をデザインする方法
ピア: ネットワークの縁から未来をデザインする方法 スティーブン ジョンソン Steven Johnson

インターシフト 2014-07-10
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※献本ありがとうございます。

概要

原題は『Future Perfect』(すごいタイトルだ)。原著は2012年に発売されたので、2年前の本となる。

本書のテーマは「ピア進歩主義」について。そして、「ピア・ネットワーク」がもたらすものについて書かれている。

本書を読んでいて驚いたのは、「当たり前」の話がたくさん出てきたことだ。つまり、ここ2年ほどで、私の中で当たり前になってしまった話、ということである。

とんでもなく奇抜な未来予測をして話題になった本が、数年もすれば滑稽無糖に堕することは珍しくない。しかし、本書が提示する話は、どんどん広がっているように思う。

しかし、その広がり方はジワジワとしたものであり、着実でゆるやかな進歩である。そして、そんなものにメディアは注目しない。スタートアップ企業が数億円の投資を集めた話は話題を集めるが、小さな企業の問題が改善したりとか、ひとりの人間の生き方がほんの少し変わった、といった話題は見向きもされない。

でも、本当に大切で、かつインパクトが大きいのは後者である。後者が積み重なった先には、雪崩が起きるような大きな変化が待っているだろう。

3つのポイント

3つポイントを挙げてみよう。

  • ロールモデルとしてのインターネット
  • 情報のボトルネックと縁(エッジ)の力
  • 情報の流れを変えること

ロールモデルとしてのインターネット

もっとも大切な点は、「ピア進歩主義」とは、インターネットがあればすべての問題がうまく解決できる、という思想ではない点だ。

彼らにとってインターネットは万能薬ではなく、ロールモデルだった。問題に対する解決策ではなく、その問題について考える一つの方法だった。

これは糸井重里さんが「インターネット的」と表現しているものと、かなり似通っている。

私たちは何かの問題を考えるとき、過去の問題に対するアプローチを利用する。人を組織する必要があればチームを作り、指示役としてのリーダーを決める。なぜか? そういうアプローチをどこかで体験したからだ。

しかし、人のオーガナイズには他の方法もある。速度や柔軟性が求められているならば、従来のタテ型構造を持った組織ではなく、ピア・ネットワークをモチーフにした集団構造の方が適している場合もあるだろう。「問題について考える一つの方法」とは、そういうことだ。

インターネットは、もちろん素晴らしテクノロジーなわけだが、インターネットというネットワーク構造をロールモデル、あるいは思考フレームワークとして利用することにはもっと広がりがある。

情報のボトルネックと縁(エッジ)の力

歴史を社会実験として捉えた場合、計画経済はうまくいかなかった。原因はいろいろあるだろうが、情報のボトルネックも一因であろう。

中央集権的な組織では、情報はボトムアップで中央に集められていく。大きな企業であれば、その情報量は頭がクラクラするぐらいのものになるだろう。それをCEO一人が全て把握・管理できるのだろうか。もちろん、無理だ。

だから、情報は選り分けられ、単純化され、枝葉を切り落とされてしまう。組織の設計も、それに適した形にデザインされる。

物事を単純化し、予測不可能なゆがみよりも全体的な一様性を重視し、ローカルな知識よりも全体を支配する計画立案者を優遇する。上から見下ろす場合、このいう世界が最も好都合なのだ。

上から全体像を見渡せば、問題がどこにあるのかを見つけることはできるかもしれない。森の中で燃えている場所を見つけるように。でも、その解決策を上部からの観察者が持ちうるとは限らない。なにせ、彼らの元に上がってくる情報は、完全なものではないのだ。

著者はハイエクの言葉を引いている。

「さまざまな状況についてわれわれが利用しなくてはならない知識というのは、集中したかたちや統合されたかたちで存在することは決してなく、ただすべての個々人が保有する不完全でしばしば矛盾した知識の分散した断片としてのみ存在する」

だからこそ、森にいる人に意見を聞かなければいけない。そこは現場でもあり、本書の表現を借りれば「ネットワークの縁(エッジ)」でもある。これはダンカン・ワッツの『偶然の科学』でも「現場の知識の重要性」として同じように語られている。

私は『月刊群雛』への寄稿記事で、「革命は周辺から始まる」という某政治家の言葉を引いたが、多少文脈は違えど近しい部分は多い。縁(エッジ)は、現場でもあり、そして境界線付近でもある。ある種の領域と隣り合う部分でもあるのだ。
※セルフパブリッシング作家は、出版業界以外で働いている人も多い。

そこは、実際的で、実験的で、速度があり、多様性と課題で満ち溢れている。何かが生まれるとすれば、そこなのだ。

情報の流れを変えること

ソーシャルメディアの普及以降、個人がメディアを扱う上での問題が指摘されることが増えた。Twitterは暇つぶしには良いが、仕事の集中力を妨げることになるのではないか。個人のプライバシーはどうなのか。発生するデマはどうすればよいのか……、といろいろある。

個人が自由に情報発信できるようになったことで、可能性が広がったものの、危険性も付きまとうことになった。それは、完璧なメディアなるものが存在しない以上、どうしようもないことではある。

それでも著者は次のように主張する。

ピア進歩主義者はインターネットがよい影響をもたらすと信じているが、その信念は「コミュニティ内の情報の流れと意思決定をコントロールする力を人にたくさん与えれば与えるほど、社会の健全性が向上する。その向上は漸進的で間欠的だが、確実に起こる」という民主主義的な原理にもとづいている。

情報と意思決定を限られた人に集約すれば、表面的な混乱は少なくなるだろう。『一九八四』の世界だ。でも、その世界をユートピアと呼ぶには、いささか気が引ける。なにせシステムの有り様に、人の形を合わせなければいけないのだ。

ここで重要なのは、情報の流れを変えればそれだけで良い、というわけではない点だ。意思決定をコントロールする力も必要である。そして、そこにはメディアリテラシー的な要素も含まれてくるように思う。『情報を捨てるセンス 選ぶ技術』で紹介されているようなスキルだ。

もちろんそのスキルに関する要素も、一つの情報となってネットワークの中を駆け巡るのだろう。

さいごに

少しずつではあるが、インターネット的なものは増えてきている。それは、インターネットの中で多く発見できるが、そうした情報がマスメディアではあまり流れないからであろう。

ピア・ネットワークは、素晴らしい構造かもしれないが、完璧な構造ではない。課題や問題はある。それでも、一つの選択肢であることには違いない。

既存の構造をピア・ネットワークに置き換えれば、これまでよりうまくいくものはたくさんあるだろう。既存の構造がそうなっていないのは、単に構造をデザインした人がロールモデルとしてピア・ネットワークを知らなかっただけ、なんてことも珍しくないように思う。

これから、少しずつではあるがいろいろなもの(たとえば組織)の構造は変わっていくだろう。ただし、日本において__タテ社会の名残が強い日本において、同じような速度で進んでいくのかは、一定の疑問はある。もしかしたら、既存の社会とは断絶する形で、その変化は起きるのかもしれない。

▼BookTable:

B00799SLAG ドラッカー名著集7 断絶の時代 月刊群雛 (GunSu) 2014年 07月号 ~ インディーズ作家を応援するマガジン ~
偶然の科学 (ハヤカワ文庫 NF 400 〈数理を愉しむ〉シリーズ) ピア: ネットワークの縁から未来をデザインする方法 タテ社会の人間関係 (講談社現代新書)
情報を捨てるセンス 選ぶ技術 一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫) 情報の文明学 (中公文庫)

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