【書評】逆転! 強敵や逆境に勝てる秘密(マルコム・グラッドウェル)

女神が言った。

「あなたが入りたいのは小さい池ですか? それとも大きな池?」

女神のずっと後方には池が二つある。遠目で詳細はわからないが、大きさが違うことだけははっきりわかる。それに池を見物している人の数も、大きさと同じぐらい違うようだ。

そりゃ決まってるじゃん。広々とした大きな池でしょやっぱり。

本当に?

本当にその選択でよいのだろうか。

逆転! 強敵や逆境に勝てる秘密 (ダビデとゴリアテ)
逆転! 強敵や逆境に勝てる秘密 (ダビデとゴリアテ) マルコム・グラッドウェル 藤井 留美

講談社 2014-09-02
売り上げランキング : 889

Amazonで詳しく見る by G-Tools

※献本ありがとうございます。

ダビデとゴリアテ

本書は人気コラムニスト:マルコム・グラッドウェルの新刊である。グラッドウェルは、『天才! 成功する人々の法則』『急に売れ始めるにはワケがある』などの著作でも有名だ。

原題は『DAVID AND GOLIATH』(※)だが、本書では『逆転!』となっている。おそらく『天才!』を意識したタイトルなのだろう。『天才!』は、世の中において天才と呼ばれるような人たちは、天賦の才というよりもむしろ徹底した訓練によって生まれている、という私たちにとって「意外」な事実を明らかにしている。
※「ダビデとゴリアテ」

本書も同様だ。

強者は勝つ。弱者は負けてばかりいる。それって本当に?

そんな問いかけを、エラ谷で行われたダビデとゴリアテの戦いを引き合いに出して、著者は本書をスタートする。この話はTEDの動画でも見ることができる。

知られざるダビデとゴリアテの物語 (TED)

「ダビデとゴリアテ」の物語は、弱き者が強き者を挫くある種の奇蹟の物語として捉えられる。つまり、負けることが必定の存在が、なぜかしら勝ってしまったストーリーである。しかし、著者はそれに異議を唱える。むしろ、ゴリアテは負けるべくして負け、ダビデは勝つべくして勝ったのではないか。

そして、それを決めたのはどんな土俵で戦ったのか、ということではないのか、と。

その視点の切り替えは、ビジネスの世界だけなく、どのように生きるのかを決めるときにも大いに有用だろう。どちらの池を選ぶのかも変わってくる。

章立て

章題は以下の通り。

第1部 不利は有利で、有利は不利

第1章 弱小チームが勝つには 相手と同じ土俵で戦うな
第2章 貧しい家の子が勝つには 裕福な家の子にハングリー精神は宿るか
第3章 二流大学が勝つには 「そこそこの大学の優等生」と「一流大のそこそこの学生」はどちらが有望か

第2部 望ましい苦労

第4章 識字障害者が勝つには 逆境を逆手にとる戦略
第5章 親に先立たれた子が勝つには 不幸な体験がリモートミスに変わるとき
第6章 マイノリティが勝つには 公民権運動とトリックスターの関係

第3部 力の限界

第7章 精鋭の治安部隊に勝つには 正統なき統治が失敗する理由
第8章 突然の悲劇に勝つには 「アメリカ史上最も壮大な刑法運用実験」の盲点
第9章 自分の運命に勝つには ナチスに抵抗をつづけたある牧師の生涯

ぜひとも読んでもらいたいのは第1部と第2部である。ちなみに私は、本書で展開されている考え方とほぼ同じものを自分のスタイルとして用いている。「隠れ家ブロガー」なんて言い方をするのも、小さい池の選択なのだ。

世の中にはすでに確立された権威(力を象徴するもの)が存在する。その力は強大であり、「寄らば大樹の陰」的な効果もある。特に日本ではその傾向が強かっただろう。なにせ「親方日の丸」である。

しかし、巨人が必ず勝つわけでもないし、人生に幸福をもたらすとも限らない。

ときに勇気を持って__そう、その選択にはある種の勇気が必要である__、小さい池を選択することも必要だ。

ブログ周りで劣等感を持ってしまっている人は第3章「二流大学が勝つには」だけでも目を通して欲しい。風景が違って見えてくるだろう。

ちなみに第三部では扱いが難しい話題が提出されている。米国での反応は把握していないが、波乱含みな予感がする内容である。

さいごに

よくよく考えてみると、弱者とは、一つの物差しから生み出された評価でしかない。別の物差しを使えば、別の評価が出てくる。

その辺りの話をライトノベルの『魔法科高校の劣等生』は(やや過剰な形で)表現しているが、現実だって同じことはわんさかある。

しかし、人間は一つの物差しだけを使いがちだ。しかも、他者への評価だけでなく、自分自身についての評価でも同じようなことが起こる。

本書を読みながら感じたのは、著者が送るある種のエールである。

負け犬、はぐれもの、アウトサイダー、ストレンジャー、……

呼び方はいろいろありうるが、そういう人たちにでもできることがある。いや、そういう人たちだからこそできうることがある。だからこそ、「私は、○○だからダメなんだ」という考えを一度捨ててみること。

そのエールに勇気づけられる人は、現代では少なくないように思う。そして、私も同じようなエールを送りたい。

コメントを残す