先日紹介したマルコム・グラッドウェルの『逆転!』に、ちょっとびっくりするようなことが書いてありました。
逆転! 強敵や逆境に勝てる秘密 |
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マルコム・グラッドウェル 藤井 留美
講談社 2014-09-02 |
CRTというテストがあるようです。学力とか知能をはかるための簡単なテストです。
「バットとボールの値段は合わせて1ドル10セント。バットの値段はボールより1ドル高い。ボールの値段はいくら? 」
こんな感じの問題。
答えはわかりますよね。
「読みにくさ」の効用
10セント__と答えは人は、トラップに引っかかっています。でも、心配しないでください。初見でぱぱっと答えようとすると、間違えやすい問題なのです。そういう風に設計されているのです。
しかし、グラッドウェルは、こう述べます。
CRTはけっこう難しいが、実は正解率を簡単に上げる方法がある。ハードルをちょっとだけ高くするのだ。
ハードルをちょっとだけ高くする?
たとえば、こんな感じ(CSSがうまく効いていることを祈ります)。
このように問題文を読みにくくすると、トラップに引っかからない人が増えた。そんな実験結果があったようです。
この実験結果は、私の頭にサドン・インパクトを与えました。
読みにくい問題文を「読む」ためには、解答者はじっくり文章に取り組む必要があります。その結果、注意深さが増し、一つ一つの単語の意味、言葉同士の関係性を慎重に扱うようになったのです。だから、トラップが回避できた。
そんな状況なのでしょう。
読みやすさと信頼
文章に接するとき、人は「読む」ことと「理解する」ことを同一に捉えています。でも、それは同じではありません。
読んでいても、理解していないことは結構あるのです。CRTの問題文は、意図的に理解を迂回させる構造になっていますが、そうした意図が介在しない場合でも、読むと理解の乖離はよく発生します。
一文を読んで、最初に私が理解した意味が、その文の意味とイコールであるとは限らないのです。本来はじっくりと吟味が必要です。
しかし、読みやすい文章であれば、人はすたすたと歩いてしまいます。
「この単語の意味は何だろうか?」といったことを懸念することはありません。誤解していても気がつくことはきっと少ないでしょう。
カーネマンの『ファスト&スロー』という本に、ある意味で上とまったく逆のお話が登場します。
ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) |
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ダニエル・カーネマン 村井章子
早川書房 2014-06-20 |
ファスト&スロー(下) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) |
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ダニエル・カーネマン 村井章子
早川書房 2014-06-20 |
簡単に言えば、認知負担が低い文章の方が信頼してもらいやすい、そんな人間の心理傾向があるようなのです。
カーネマンは、フォントをボールドにしたり、文字と背景色のコントラスト高めたり、色を使うなら緑・黄・水色ではなく、明るい青や赤を使用することをお勧めしています(ちなみに、本書上下巻の表紙カバーが青と赤であるのは、もちろん意図的でしょう)。あるいは、こんなこともカーネマンは述べます。
自分を信頼できる知的な人物だと考えてもらいたいなら、簡単な言葉で間に合うときに難解な言葉を使ってはいけない。
簡単な言葉を使うと、文章はスラスラ読めます。グラッドウェルのお話と関連づければ、そうなった方が、疑問を抱かれにくいということです。注意が発生しにくく、不注意が起こりやすいのです。だから、多少怪しい部分があっても、なんとなく内容が信頼されてしまう。理解した気になってしまう。CRTの問題のトラップは、その辺りにあるのでしょう。
これは結構怖い話でもあります。
もちろん全ての文章、全ての読み手に通じる話ではありませんが、そういう傾向があるとしたら、書く方も読む方も一定の慎重さが必要になることがわかります。しかし、スラスラ読める文章はその慎重さから距離を置かせる文章なので、問題はなかなか厄介です。
ここで書き手として持ち上がる疑問が一つあります。
読者にしっかり考えて欲しいときは、「読みにくい」文章を書くべきなのでしょうか。
注意の量を増やす
もちろん、違うでしょう。
そうしたこともテクニックの一つではあるのでしょうが、逆に言えばテクニックの一つでしかありません。他にも選択肢があるはずです。
たとえば、わざわざ読みにくい文章にしなくても、先生が「この問題は、間違える人が非常に多いので注意して答えてくださいね」と言えば、同じような慎重さを持って問題に取り組むはずです。
ようは注意の量なのです。
バットとボールの問題は簡単な引き算のように感じられます。だから、細かいことを考えずに引いてしまう。注意が足りないのです。
「読みにくい」文章にしなくても、注意の量を上げる何かがあれば、読者にしっかり考えてもらうことはできそうです。
実際に考えられる方法としては、……まあ自分で考えてみてください。
さいごに
そう考えてみると「寓話」というのは、面白い働きを持っていますね。
直接的なメッセージではないので、自分の身に置き換えるためにはワンクッションが必要になります。たんにお説教をするよりも、「考え」を刺激する力があるのかもしれません。
ほかにも、いろいろな手法があるのでしょう。
▼直線的な理解を拒むかもしれない一冊
真ん中の歩き方: R-style selection |
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倉下忠憲
R-style 2014-08-28 |
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倉下忠憲
R-style 2014-06-24 |
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