4-僕らの生存戦略

強さと弱さと真ん中と

以下の記事を読みました。

やめがたいことをやめないと、時間は作れない(シゴタノ!)

もっとも効果的で簡単な対策は「近寄らない」ことなのです。その代わりに「気分はコントロールできない」ことを受け入れるしかありません。

たしかに、その通りです。

でも、その「受け入れ」は広い対象に関して難しい行為でもあります。

たとえば、あなたがダイエットをしているとしましょう。そのとき、脂肪分の多い食べ物を冷蔵庫に入れておくのは危険です。ついつい食べてしまうかもしれませんからね。だから、はなから冷蔵庫に入れておかないのが一番賢明なことは言うまでもありません。

でも、その施策を実施するためには、「自分は美味しそうな食べ物を目の前にしたら、自制が効かなくなる」という事実を認めなければいけません。つらい事実です。

自分というものが、「自分」のコントロール下に置かれていないなんて、実に不安ではありませんか。でも、たいていそれは真実です。

精神的にタフであるか、あるいは科学者のように自分自身ですら観察対象にしてしまえるような人なら話は別でしょうが、そうでなければ、そんな事実は認めたくないものでしょう。

とある思想家は「強さとは、弱さを認めること」と説きましたが、ある意味ではその通りです。

糸口はどこにある?

よくメモ魔と呼ばれる人がいますが、その人たちはメモすることにどん欲なのではなく、単に記憶力に自信がないのです。実際その人の記憶力が、他の人と比べて低いかどうかが問題なのではありません。自分は忘れっぽい、という自覚の有無が問題なのです。

自分の弱さをストレートに受け入れられれば、必要な行動を取る準備が整います。

でも、たぶん、それって言うほど簡単なことではないのでしょう。

「弱さ」の自覚に役立つのはログ(記録)ですが、そもそもログを残そうという施策のスタート地点が、弱さの自覚だったりするわけで、高速回転を続けている縄跳びのように入り込む余地が見つからなかったりします。

知りたくなかったこと


小説なんかでも、とりあえず必要なのは作品を完成させてみることだ、とよく言われます。実にその通りです。どれほど稚拙であれ、書き上げてしまえば、そこからブラッシュアップを進めていけます。脳内にあるぼんやりとした作品(的なもの)は、一生改善されることはありません。

でも、そのためには、「自分は稚拙な作品を書く」という事実を引き受ける必要があります。脳内だけであれば、どんな人気作家よりも面白い作品を書ける自信を維持できます。しかし、一度でも稚拙な作品を書いてしまえば、その自信がボロボロに打ち砕かれる経験を通り抜けなければいけません。

はじめから自信などまったく持たなければよいのでしょうか。でも、「自分は面白い作品が書ける(に違いない)」と思わない人が、執筆に着手するでしょうか。

やっぱり、簡単なことには思えません。

弱さを認めることは、きっと痛みを引き受けることとイコールです。そして、「それでも僕は、」と次の一歩を歩み出すことは、真ん中を歩くことに繋がっていくのでしょう。無謀でも臆病でもなく、その真ん中を。

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