2-社会情報論

「電子書籍市場をもっと拡大するには?」を読んでの雑感

以下の記事を読みました。

電子書籍市場をもっと拡大するには? ── 電流協新世代コンテンツメディア研究会 統括討論会レポート(見て歩く者)

部分部分を引きながら、思ったことをいくつか。

電子書籍の形

まず始めに高野氏から、紙を電子に置き換えただけの「パッケージ」は本来あるべき姿か、もっと違った可能性が考えられるのではないか、という議題が提示されました。

紙を電子に置き換えただけのものは、電子書籍の可能性の一部でしかないでしょう。

今のところ、買いやすい価格のマイクロコンテンツがデジタルボーンの電子書籍では主流になっていますが、村上龍さんの『すべての男は消耗品である。VOL.1~VOL.13』のように紙の媒体ではまず作れないような「一冊の本」も登場しています。

考えてみると、こうした合本を作っても制作コストは__紙に比べれば在庫を持たなくて良いので__さほど大きくなりません。マイクロコンテンツも作りつつ、大きな本を作ったり、あるいは定額制のプラットフォームに提供したり、といった「合わせ技」も十分に考えられます。

なんにせよ、これまでの紙の本の概念だけで捉えてしまうと、電子書籍が持ちうる可能性はずいぶん狭くなってしまうでしょう。革命は辺境から起きる、という言葉を私はたびたび引いていますが、これまでの書籍の概念に束縛されていない、ある意味では「部外者」がここに革命を持ち込んでくるかもしれません。

単純なことを言えば、一冊の本に複数の表紙バージョンがあってもよいわけですし、読者によってコンテンツの並びが変わるようなものだって作れるはずです(リーダーが対応すれば、ですが)。ほかにも、私なんかでは想像しえないコンテンツの形がありうるでしょう。

ちなみに読書層に関しては、電子書籍そのものの認知が十分で無い点と、「これまで本を読んでいなかった層に受けるコンテンツ」が作れていないのかもしれない、という点が影響していそうな気がします。まだまだ余地はありそうです。

あたらしい「本」の概念

井芹氏は、紙の本の編集では「章立て」行為が大変だと指摘します。新しく本を書かれる方が苦労するのは、目次なのだそうです。いきなり完全原稿なんてほとんどあり得ず、打ち合わせを重ねながら構造編集や文字校正を重ねていくのがこれまでの編集。ところが、数万字程度であれば章立てを考えなくても済むので、パッケージとして世に送り出すハードルが低くて済むそうです。

これはものすごい重要な点なのですが、重要すぎてここでは書ききれません。

とりあえず、「本」という概念が紙の本から解き放たれ、より広い対象に広がっていくことでしょう。それはほとんど間違いのない事実のように思えます。でも、もしかしたらそれはある意味で、グーテンベルクへの原点回帰なのかもしれません。

編集とコミュニティ

井芹氏はそれに対し、編集という行為は重要だが、「編集に高度なノウハウがあって、編集者しか編集ができない」とは思っていないと返します。例えば、人気のあるブログには、読者とのやりとりの中で研ぎ澄まされた「編集」が、恐らく織り込まれているのだと。

これはもう織り込まれていますし、私は自分のメルマガでそれに近いことを行っています。

これからどうなっていくかはわかりませんが、とりあえず現状では、著者自らがコミュニティを積極的に作っていく姿勢は必要でしょう。

もちろん、それはそれとして優秀な編集者の必要性がなくなるわけではありません。むしろ、そうした存在の市場価値は高まるでしょう。あとは、市場規模がその人たちを雇える程度の売り上げを作れるぐらいに大きくなることを祈るばかりです。

ノンカスタマーをいかに引き込むか

これに対し影浦氏は、「人はどこから読むようになる?」という視点を提示しました。親の書棚から読むとか、友人と一緒に書店や図書館に行くといった「すでに読んでいる人の世界」と「まだ読んでない人の世界」の接点が、電子書籍の世界ではまだあまり考えられていないのではないか? というのです。

このまま「読んでいる人」だけをターゲットにして商売していてはジリ貧になってしまうので、誰も考えていないわけではないはず。ただ、誰に聞いてもそこへ対する解がなかなか出てこないので、改めて問題提起をしたいと影浦氏は語りました。

すばらしい問題提起です。接点がなければ、動線も生まれません。

電子書籍に関しては、当然のように本が好きな人が議論を立ち上げるのですが、これから問題になってくるのは「今のところ、本には興味を持っていない人たち」へのアクセスでしょう。ウェブの世界ではクラスタが存在し、それが極端化すればタコツボを生み出す可能性もあります。本を読む人と読まない人の断絶が生まれれば、大きな普及は難しいかもしれません。

ドラッカーもノンカスタマーに注目せよ、と説きました。ここは大きなポイントだと感じます。

あくまで自分の体感でしかありませんが、書籍(雑誌は除いておきましょう)の売り上げは、すごく本を買うごく一部の人が大部分を作っているのではないでしょうか。買わない人は全然買わない。買う人はものすごく、それこそ一生かかっても読み切れないぐらいの本を買う。

自分の周辺を見回しても、私一人だけが突出して本を買っています。平均すれば月三冊ぐらいかもしれませんが、その内訳は0冊0冊10冊といった感じです。もしその0冊を1冊にできれば、月平均は四冊になります。私にもう二冊買わせるよりも、可能性がありそうではありませんか。

もちろん、これから大人になっていく人たちにどう存在を知ってもらうのかも重要です。

人は似たもの同士でコミュニティーを作るので、本を買う人たちは本を買う人で、本を買わない人は本を買わない人でグループを作るでしょう。
※まあ、本を買う人はあまりコミュニティーを作らない傾向があるかもしれませんが、それはさておき。

しかし、現実の社会では、そうしたグループ外との接触が生まれます。たとえば家庭であったり、学校であったり、職場であったり。そういう中で、本を読まない人が本を読む人に接触するような機会が生まれえます。
※たとえば「「先輩、なんかオススメの本ありますか?」と尋ねられたら」(R-style)

が、オンラインゲームのコミュニティーでそうした事態が発生することは稀でしょう。ギルド内の会話で「どんな本読んでますか?」などの話題が登場することは__もともと本好きが集まっていない限りは__考えにくいものです。

Twitterでも、私は本の情報を流す人は気楽にフォローしますが、読書しない人にとっては「何を読んだか」といった情報は目障りかもしれません。なかなか接点が生まれにくい状況です。オフ会なんかでも、電子書籍ユーザー同士が集うのは珍しくありませんが、それは外部への波及効果を生んでいません。

ただ、この辺りの問題はある程度時間が解決する部分はあるかと思います。電子書籍を読む人の数がジワジワとでも増えていけば、どこかの時点でネットワークの外部性が機能し始めるでしょう。特に電子書籍でないと読めない本が増えてくれば、より普及の速度は速まると思います。もちろん、面白い(あるいは役に立つ)本が、ということですが。

グーテンベルクがもたらした改革でも、本が当たり前のように普及するまでに時間を要したはずです。電子書籍が真にインパクトのある革命だとしても、一気に広がるとはかぎりません。もちろん、その間もビジネスを成立させていかなければいけない問題はあるわけですが。

さいごに

その後、会場とのディスカッションに移ったのですが、高野氏からとつぜんボクが指名され、セルフパブリッシングの現状などについて「話す側」の役割を担わされるという、個人的には面白体験がありました。わお。

最後にこの文章を持ってくるのはさすがだな〜と感じましたが、これまでの「話す側」と「聞く側」という構図が簡単に壊れてしまうのが電子書籍の世界__というか、現代の表現活動全般ですが__なんですね。

もちろん、紙の本作りの経験を蓄積している出版社さんはノウハウを持たれています。でも、電子書籍は一つの新しい世界なわけで、新しいノウハウが必要とされる世界でもあります。

で、そこに個人がぽんっと飛び出せる世界でもあるわけです。

業界として考えていかなければならないことも多いでしょうが、少し視点を引き、「本」という文化に対して私たちが(つまり、これを読んでいるあなたも含めて)コミットできることも考えていきたいところです。

かなり雑になりましたが、とりあえずはこの辺で。

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