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いかにして不適切な教師をつくらないか

教師という職業は確かに難しいものです。

指導力不足の烙印…「退職」公立校教員、115人で最多

 2006年度に都道府県と政令市の教育委員会から「指導力不足」と認定された後、依願退職などで教壇を去った公立小中高校などの教員は115人で、過去最高だったことが12日、文部科学省のまとめで分かった。

指導力不足と認定されたり、自分は教師に合っていないと思いやめていく若者が多いそうです。
たとえばその様な話から「最近の若者は・・・」的な話に持って行っても仕方がありません。おそらくそれほど人間の質は変化していないのでしょう。私の記憶でも相当ひどい教師はちらほらいましたし、しかもその相当ひどい教師が仕事を続けていられただけ、という環境であったのかもしれません。

教師という職業の質、求められる資質が高まっていることは確かです。
教師がとれる行動も制限され、両親は教師をさげすみ、子供たちは勉強に意欲を感じない。そんな中で教師を続けていくというのはかなりタフな人でないとやりきれないでしょう。
昔は、ただ教師というだけで周りから一定の尊厳を持って接してもらえた時代が合ってその中では我慢も必要なく多少の横暴さも許されたからこそ、やめる教師はあまりいなかったのでしょう。

求められる教師の質が高くなるというのはよいことですが、相当にタフでないとやりきれないという環境は教師不足の状態を作り出してしまうでしょう。実際受験に向けての授業に関しては圧倒的に塾講師のほうが優れていると言われています。
もちろん公立高校にはそのようなことを求めても仕方がないでしょう。
受験校でない学校に関してはいかに子供とまともなコミュニケーションがとれるのか、ということが必要なのかもしれません。
という風に考えると、一般的な教師の像というよりは、それぞれの学校の特性に合わせた教師の姿というものが細分化されつつあるのかもしれません。そういった多様性をいかに教員免許制で担保していくのか、というのはなかなか難しい問題です。

そういえば教員免許の更新の話はよくあがってきますが、教員免許試験などについては改革は行われないのでしょうか。
ウィキペディアによると
教員資格認定試験(ウィキペディア)

この試験は、教職課程を受けていない人にも教員免許を受ける機会を与えるものである。出題レベルは、教員採用試験などに比べると高く設定され、特に教科に関する科目ではより専門的に深く出題される。

教職課程を受けていない人でも教員免許を受けられるこの試験でも基本的に学科に関する知識のみが試験内容になっています。
まあ試験で人間性をはかることはかなり難しいでしょうが、学科をパスできる知識があることイコール教師としての適性があるというわけではないでしょう。
ならどんどん採用してその後問題があればクビ、ということを繰り返し淘汰していくしかないのでしょうか。

やはり、たとえば防衛大学のようにきちんとした教師の学校を作るべきかもしれません。教えることを専門に教えてもらう、それをパスしたら教師になれるというステップを踏まないと不適切な教師がどんどんと生まれてくるような状況がでてくるかもしれません。

要するに保険として教師もできるようになっておくか、という感じで教員免許もっていて、そのまま流れで教師になるような人間はさすがに教師に向いていないでしょうし、結局は辞めてしまうことも多いかもしれません。それはやはり教育を受ける子どもからしてみると結構悲惨な状況かもしれません。

しかしその様な教師学校はほぼ国費で運営しなければならいでしょうし、そこに予算を回せる総理が出てくるのかというと、まあ厳しいでしょうね、きっと。

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