0-知的生産の技術

「クラウド時代の知的生産の技術」を振り返る

連日紹介している『知的生産の技術とセンス』ですが、本書を読んでいると、過去書いたエントリのことがいくつか思い出されてきました。

たとえば、以下の記事。

書評 クラウド時代の知的生産の技術(倉下忠憲)

エセ書評記事です。実際には、こんな本は存在しません。私が一冊目の本を執筆する前に書いた(そして、自分がまさか本当に本を書くことになるとは思ってもいなかった時代に書いた)ナンチャッテ記事です。

もし私が「知的生産の技術」に関する本を書くなら、こういう感じになるかな〜というのを妄想したと言ってもいいかもしれません。日付を見ると、4年以上も前です。そんな昔から、似たようなことをずっと考え続けてきたわけです。思えば遠くまで来たもんです。

長くなりますが、エセ書評記事から引用してみましょう。

この本は、タイトルからもわかるように梅棹忠夫氏の「知的生産の技術」を現代版焼き直しを目的としていると言って良いだろう。

しかし、かの時代、知的生産の技術を必要としていたのは限られた人間だけであった。学者や研究者あるいは作家と呼ばれる人々。そういう人々が情報を集め、発信するためには何が必要か。

そういった技術は簡単には伝達されないもので、一冊の本に集約した功績はかなり大きかったと言える。そこにまとめられた内容はパソコンが一人一台以上になった現代においても通用する部分がいくらでも見つかる。

ただ、それを行う人という点で見れば現代は大きく様変わりした。経営者、コンサルタントだけではない。ごく普通のビジネスパーソンや大学生ですら情報を発信する必要がある。終身雇用という言葉が桃源郷と似た響きを持つようになってすでに長い年月が経つ。現代においては個人が個人として_つまり組織を介さずに_仕事をする事が当たり前になっている。プロジェクトはクラウドを通して管理され、構築されていく。そもそもの人材募集ですらスタートはクラウドの中にある。クラウドに無いと存在しないも同じというのは、データでも履歴書でも同様なのだ。

さすがに4年も前なので文章はへたくそですが、言いたいことはわかります。それに『知的生産の技術とセンス』に書かれていることに近しい部分も多いです。著者らと私の視点が似ているということなのでしょう。

エセ書評記事は、以下のように締めくくられています。

一部の人間が「知識」を独占し、それが力になった時代は終わりを告げた。我々には「自由」と共に「自ら発信する」義務も得た。「知は力」から「共有は力」の時代に移り変わるこの現代で、いかに生きていくか。基本的な技術と心構えを知る上で有用な一冊だろう。

あらためて読み返してみても、基本的な考え方は今の私と変わっていません。というか、まったく同じです。

ちなみにそのとき妄想した章立ては以下。

第一章 ネットからクラウドへ
第二章 便利なツール・ソーシャルアプリ
第三章 クラシック・メソッド
第四章 あなたの「履歴書」をクラウドで
第五章 空気を読むよりも、空気を作ろう
第六章 クラウドのその先へ

さすがに今だと、違った章立てになりそうな気がしますが、なんとなく面白そうな本の雰囲気も感じます。

あらためてこうやって振り返ってみると、またしっかり考えてみたくなりました。『クラウド時代の知的生産の技術』ってどんな形になるのだろうか、と。

▼こんな一冊も:

知的生産の技術とセンス ~知の巨人・梅棹忠夫に学ぶ情報活用術~ (マイナビ新書)
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