4-僕らの生存戦略

たかがツール、されどツール

ツールとは、つまり道具だ。

高級なノートとか、高機能なアプリケーションを使ったところで、あなた自身の能力が劇的に向上するわけではない。

その意味では、「たかがツール」である。

ツールを必要以上にありがたがる、というか神格化してしまうのは、どうにも違う。

かといって、「ツールなんて何でもいいよ」と割り切ってしまえるかというと、それも微妙だ。

原稿用紙とテキストエディタは、同じ文章を書くための道具ではあるが、さすがにこれを同じものとして扱うのは難しい。腕の疲れが(比較的)少ない点や、編集可能性がもたらす敷居の低さは、生産性と呼びうる何かに影響を与える。

仮にテキストエディタという同じ土俵でも、違うツールはやっぱり違う。私は文章作成にCotEditorとScrivenerという二つのアプリを使っているが、後者のアプリではゼロから文章を書き起こすのがどうにも億劫に感じてしまう。たぶん、慣れが関係しているとは思うが、本当の所はわからない。ともかく、同じでないという点だけは確かだ。

だから、「されどツール」なのである。

何でもいいんです

私は、「使うツールは何でもいいんです」とよく言う。そして、実際にそう思っている。でも、もしかしたら言葉足らずなのかもしれない、という気もしている。

毎年のように私はほぼ日手帳を使って楽しく(そして苦労して)人生を過ごしてはいるが、人生を楽しく過ごしたければ必ずほぼ日手帳を使いなさい、と主張したいわけではない。その人が使いやすいサイズ、紙質、厚みを持った手帳を(あるいは厚めのノートを)使えばよいと思う。

その意味で、つまりこのツールに限定する必要はありませんよという意味で、「使うツールは何でもいいんです」と言うわけだが、実際は何でもいいわけではない。その人が使いやすいツールでないといけないわけだから。

じゃあ、使いやすいツールってどんな条件があるんですか?という疑問が立ち上がってくるわけだが、それを知ることがツール選びの第一歩である。

だから、最初の頃は散財していろいろなツールに手を出すしかない。それは飽きっぽさとはまったく違っていて、何がしっくりりくるかを確かめる旅なのだ。
※むろん、これが散財の言い訳になることも理解している。

有益な情報を人から受け取るのは、もちろん利便性が高いわけだが、その反面「自分にとってどんな要素がしっくりくるのか」を探さないと、案外後から高くつくのかもしれない。

さいごに

もう一点、ある程度いろいろ試した後で__つまり、思い込みではなく__「自分にとってどんな要素がしっくりくるのか」を知っていると、情報にフィルターをかけられるようになる。「それは自分とはあまり関係ないな」というフィルターだ。

あまりにこのフィルターの目が細かすぎるとタコツボ化してしまうが、これだけ大量に情報が押し寄せてくる時代だから、多少細かいぐらいの方が良いのかもしれない。

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