4-僕らの生存戦略

「白か黒か」思考、あるいは

にげんろん 【二元論】〔dualism〕

〘哲〙物事を相対立する二つの原理または要素に基づいてとらえる立場。神話や宇宙論における光と闇,陰と陽,哲学における形相と質料,現象と本体,宗教や道徳における善と悪,など多くの思想領域に見いだされる。西洋近代では,精神と物体を二実体ととらえるデカルトの物心二元論ないしは心身二元論が近代哲学を特徴づける枠組みを与えている。

by 大辞林 第三版

白か?黒か?

二元論的な考え方というものがあります。Aあらずんば、B ー Bあらずんば、A、みたいな考え方ですね。概念の整理としては有効なのですが、現実世界に目を向けてみると、そんな単純な話で収まらないことが結構あります。

「白か黒か?」と問われても、灰色だったら答えづらいことこの上ありません。

「それは白なの?黒なの?」
「えっと、灰色です」
「だから、それは白なの?黒なの?」
「……どちらかといえば、白よりの灰色です」
「白なのね。わかった。はやくそう言えばいいのに」

みたいになります。あと、緑色だったらまったく噛み合いません。

「それは白なのかね?黒なのかね?」
「これは緑色です」
「緑色というのは、白なのかね?黒なのかね?」
「……」

「白か黒か」思考は、モデルとしてわかりやすい反面、中間の色合いを無視してしまいます。コントラストを強調しすぎてグランデーションが潰れてしまっているのです。もちろん、二極とはまったく別の答えがあることも想定外です。

脳のエネルギー消費を抑える意味では、合理的な思考法なのかもしれません。ようするに試験問題をすべて二択にしているようなものです。すばやくテキパキと答えをだせるでしょう。でも、いびつに歪んでしまう状況も発生するかもしれません。自由記述欄はきっと空白のままです。

ある程度は、その思考にはまり込まないだけの余力を持ちたいところです。できれば、「白か黒か」思考__Black or Whiteを略してBoWと呼びましょう__のアプリケーションをオフにして、別の思考アプリケーションを意識的に立ち上げられるようになりたいものです。

二つの力関係

しかしながら、BoWはわりと力を持っています。

一つには、わかりやすさ、シンプルさがあるのでしょう。「断言した方が説得力がある」みたいなことが文章術・プレゼン術でもよく言われますが、BoWにおいては、「白か黒か」しかないので必然的に断言しやすい状況がうまれます。たとえその認識が間違っていても、断言した方が説得力があるならば、BoWは非常に力強い思考法と言えるでしょう。

もう一つには、アンチBoWの力弱さがあります。

BoWにおいては「BoW思考は、すこぶる良い」と言えます。BoWにおいては、良いか悪いかしかないわけで、悪くなければ良く、良くなければ悪いのです。だから力強く断言できます__逆に良くないよと指摘されると、悪いと断定されたと思い込んで即座に強い反撃が返ってきます__。

しかし、アンチBoWの立場から、BoWを攻撃しようとすると厄介なことになります。自らの思想的要請から言って「BoW思考は良くない」なんて簡単に断言はできません。BoWあらずんば、アンチBoWと言ってしまったら、自己矛盾で崩壊してしまいます。いくつかの可能性を想定しながら、良い・悪いのレッテル貼りを避けていかなければなりません。

よって、その主張は長くなり、シンプルさは消失し、短い時間でのアピール力は激減します。

どちらの主張が受け入れられるでしょうか。

もちろん、そんなことは私にはわかりません。でも、ありそうな状況というのは想定できます。

さいごに

アンチBoWは状況を甘んじて受け入れるしかないのでしょうか。指をくわえて見守るしかないのでしょうか。

もちろん、そんなことはありません。そう考えるとしたら、BoWのウィルスが思考に進入しています。「断言した方が説得力がある」が仮に正しい側面を有していても、そのことは「断言しなければ説得力はうまれない」を意味することにはならないからです。さらに言えば、説得力を持たせなくても何かを伝えることは可能でしょう。

ただし、工夫は必要です。正攻法ではオッズはずいぶん悪いに違いありません。

最後にとある思想家の言葉を引用しておきます。

「どのような状況からでも、希望を立ち上げられるのが人間の特性である」

きっと、何かしらのやり方があるはずです。

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