5-創作文

Rashita’s Christmas Story 6

「やっぱり、イベントあるよな」
 ケイタイの通知を確認してから、僕はブラウザを立ち上げた。季節が意識されているのか、iZenのサイトには雪が降り注いでいる。いささかウザい演出だ。トップにあるサンタの画像には「ポイント2倍!」の文字が大きく貼り付けられている。もちろん、赤と緑のクリスマスカラーだ。
 さすがにポイント2倍はデカい。僕はイベントの要項を確認しはじめた。


 今年の1月にリリースされた≪iZen≫は、善意SNSとして特異なスタートを切った。非常にクローズドなSNSで、リリース情報はどこにも出なかった。僕が知ったのはごく親しい友人が「善意」を実行しているのをたまたま見かけたからだ。彼から招待してもらえなければ、未だにその存在すら知ることはなかっただろう。
 iZenの利用者はスマートフォンにアプリをダウンロードする。GPSに連動したそのアプリは、街中でミッションをPOPさせる。多くのミッションは「公園のゴミを拾う」といったごく簡単なものだ。面倒だが5分か10分あればこなせる単純作業。利用者は、実際にゴミを拾い、その証拠写真をアプリからアップロードする。写真が認定されれば、めでたくポイントゲット。集めたポイントは、大手企業連合のポイントサービスに転換したり、スマートフォンのアプリ代として利用できるデジタルキャッシュに”換金”できる。


 iZenのメインのストリームには、参加者の「善意」の証拠写真が次々と流れてくる。写真には位置情報とミッション名のメタ情報も添付されており、それを解析して「ミッションPOPマップ」なるものを自作し、公開している「神」もいる。ミッションの発生しやすいポイントは、地域的な偏りがあるらしく、また季節によっても違うらしい。ただし、そのアルゴリズムは完全には解明されていない。まったくのランダムウォークだと断言する参加者もいる。ただ、僕はそういう風には感じない。ミッションの発生には、何かしらiZen側の意図みたいなものが感じられる。それが何なのかはわからないけれども。
 このSNSの特異さは、その”ミッション”にある。ときおりPOPするミッションは、参加できるユーザー数に上限があり、クリアしてしまうと一定期間をおかないと次のミッションが発生しない。限られた資源が争奪されるのは自然の摂理だ。だから、iZenの参加者は、他の人にわざわざその存在を教えたりしないし、他のSNSに情報を流すこともしない。ライバルは少ない方がいいのだ。
 それでも少しずつ参加者が増えているのは、ストリームを見ていれば明らかだった。iZenのプロモーションなのか、広めているユーザーがいるのかはわからないが、いずれかは臨界点を突破し、ミッションの奪い合いになるだろう。そうなる前に稼げるだけのポイントは稼いでおきたい。
 そういうタイミングでの巨大イベントは、大歓迎だった。イベントはミッションとは違い、あらかじめ実施期間と内容が告知される。参加者の上限もない。期間中であれば、どのタイミングで「善意」を実施してもかまわない。ただし、参加できるのは一人一回。生活圏や活動時間に制約を受けやすいミッションに比べれば、イベントは比較的公平な仕組みになっていた。当然、皆が参加することだろう。


 確認した要項は、クリスマスイベントらしいものだった。

・見知らぬ子どもにプレゼントを渡すこと。
・プレゼントを持った笑顔の子どもと一緒に映った写真を#happyのタグと共に投稿すること。
・写真の投稿は5枚まで可能。5枚でポイントの最大値がもらえる。
・サンタのコスチュームで写真をとれば、ポイントが2倍になる。

 iZenのやっかいなところは、具体的にどのくらいポイントが入るのかが事前にはわからないことだ。単に告知されていないだけなのか、参加者の行動によって変わってくるのすらも明かされていない。イベントのスポンサーや、政府の援助金の有無が関係するのではないか、と推測する参加者もいるが確定的な情報は何もない。
それでも、普段のイベントなら問題はない。「善意」には大してお金がかからないからだ。消費されるのは「手間」がほとんどで、せいぜいがゴミ袋代ぐらいなものである。
 しかし、今回はプレゼント代が発生する。しかも、子どもに喜んでもらえるものをプレゼントできないと、笑顔の写真が撮れない。奮発しすぎると赤字になるし、ケチりすぎるとイベントの条件がクリアできない。費用対効果の検討が必要だ。何をもらえば子どもが喜ぶのか、それを真剣に考えないといけない。しかし、大人の扉をくぐり抜けて数年経ってしまった僕にとっては、少々難問だった。身近に子どももいないので、情報収集も難しい。


「イベント、どうするよ。むずそーじゃね」
 僕はチャットアプリを立ち上げて、友人Aにメッセージを送信する。彼の性格の歪み具合が如実に反映されているID名だが、僕の招待者でもあるのでいちいちツッコんだりはしない。
 レスは即座に返ってきた。
「たしかにね。君はどう思う?」
「予算の費用対効果をどうとるかだよな」
「あいかわらず的外れだね。もっと大局を見たまえ」
「なんだよ」
 ……。じらしているわけではないだろうが、文章の入力時間がひどく長く感じられる。
「この殺伐とした人情砂漠の都市で、見も知らぬおじさんからのプレゼントを受け取ってくれる子どもがどれぐらいいると思うのかね。最初にして最大のハードルはそこだよ。だから、サンタのコスチュームは必須と考えてよいだろうね。その格好ならば、何かの企業のイベントと思ってくれるから親も容易く許可してくれるはずだ。中身については気にする必要はない。綺麗にラッピングされていれば、数百円のお菓子でも喜んでくれるさ。プレゼントというのはそういうものだからね。だから、赤字の心配はしなくていい」
「なるほど」
「だが僕は、確実を期して場所を選ぼうと考えている」
「近所ではやらない?」
「この辺の子どもはプレゼント慣れしている可能性がある。喜ぶかもしれないが、笑顔になってくれないかもしれない。充分な笑顔でなければ、承認されない可能性もある。そのリスクを考えると少々の交通費は充分投資に見合うだろう」
あいかわらず理詰めで考えを構築していく。
「じゃあ、どこでプレゼントを配るんだい?」
「ここまで書けば、あとはわかるだろう」
 たしかにそうだ。プレゼント慣れしていない子どもをターゲットにすればいい。たとえば、都市の中心部からはもはや切り離されつつある旧工場街、あるいはダイレクトに孤児院。
「どうせ皆が似たような結論に達するだろうし、そもそも最初の投稿者が出てくれば、模倣者が続くだろう。君もちゃっちゃと準備を整えた方がよいだろうね。”善意”を世に配るための準備を」
「了解」
 僕はチャットアプリを落とし、スーパーに出かける準備をはじめた。


 そうは言ってもお菓子を選ぶのは難しい。なにせ種類がたくさんあるのだ。
「何でもいいと言ったって、煎餅とかはダメだろうな……」
 僕はスーパーのお菓子コーナーをうろうろと歩き回る。さすがにPBブランドの100円均一菓子は避けたい。いっそのことショートケーキの詰め合わせという選択肢もあったのだが、大量に運搬するのは厳しい。できれば、今日中に5枚とも投稿したい。となると、子どもに喜ばれそうで、かつそれほど嵩張らないものを……。
 どうせ贈り物をするのだから、目一杯喜んでもらいたいと僕は思う。もちろん、そうした方が笑顔の写真が撮れるから、という下心があることは否定しないが、それだけではない気持ちもどこかにはあるような気がする。きっと彼は大笑いするだろうが、iZenで「善意」を実行しているとき、自分のその不思議な気持ちに気がつくことがある。きっと自利とか他利とかは、どこから光を当てるのか、という問題に過ぎないのだろう。
 僕は2千円ほどのお菓子の会計を済ませ、それをサービスセンターへと持っていく。同じようにラッピングを頼む人たちの行列ができていた。シーズンなのだから仕方ない。もしかしたら、他の参加者もこの中にはいるのかもしれない。あるいは、僕だけなのかもしれない。どうであれプレゼントは贈られ、ギフトは廻っていく。僕は、順番待ちのフダを受け取り、店内をブラブラしながら、イベントでゲットできるはずのポイントの使い道を考えながら時間を潰した。


<メリークリスマス!>
 というメッセージと共に、ストリームには次々と#happy付きの投稿がアップされていた。写真の子どもたちは、一様に満面の笑みを浮かべている。その笑顔に引き込まれたのか、一緒に映る参加者もニッコリと微笑んでいる。僕の写真もそうだ。あの彼ですら普段よりは柔和な顔をしている。もちろん彼は絶対に認めないだろうけども。どうであれプレゼントは贈られ、ギフトは廻っていく。
 僕は加算されたポイントをチェックして驚いた。サンタのコスチュームを一週間レンタルしてもお釣りがくる。サンタのお給料は良いらしい。こんなイベントが月に数回もあれば、「善意」を仕事にできるかもしれない。でも、人が増えたらまた環境は変わるだろう。そんなにうまい話はどこにもない。それでも、今回のイベントは悪くなかったと思う。ポイントの良さだけではない何かがあった。うん、なかなか悪くない。
 僕は買ってきたスパーリングワインをグラスに注ぎ、空に向けて小さく乾杯した。
 メリークリスマス!

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