「旅立ちの日 2」

「勇者や、起きなさい」

その日、母親から起こされ、自分が勇者であることを知った若者が世界中に溢れた。人類勇者化計画。魔王の侵攻を恐れる国王たちが集い、一気に戦力をアップするための方策を三日間の会議で作り上げた。その成果がこれだ。世界は魔物と同じくらいの勇者で溢れかえった。

たいていの宝箱は空で、たいていのタンスも空で、出会うモンスターの数も限られていた。勇者たちのレベルはなかなか上がらないし、装備も整わない。武器屋・道具屋はいつでも品不足だ。需要が高すぎる上に、武器屋見習い、道具屋見習いが一斉に勇者化してしまったので人手不足は深刻な問題であった。

どの町に行っても、その住人より勇者たちの方が数が多かった。どこを向いても、パーティーだらけだ。そのパーティーはすべて勇者で構成されている。優秀だが、非常に平均的。宿屋の主人は、「まったく見分けが付かないんですよ、彼ら」とこぼしていた。パフパフのお姉さんは、途切れない客足にビジネスを拡大したようだった。

勇者の数が増えたおかげで、近隣のモンスターの被害はぐっと減った。住民の安全性は確立されたが、商売の担い手が減ったことで、経済のバランスが崩れはじめていた。儲かる商売はとことん儲かる。冒険に貢献しない商売は廃業に追いやられる。それでも、総税収は変わっていなかったので国王たちは心配してなかった。一部地域を除いて。

大変だったのは、魔王が住まう宮殿の近隣だ。そこのモンスターたちは著しく強力である。しかし、そこの勇者たちは他の地域の勇者たちとレベル的に大差がない。しかも、需要が高まっている中で、レベルアップも武器の調達もままならない。幾人もの勇者が果敢な、あるいは無謀な挑戦をして、その命を散らしていった。その姿は、「比較的安全」な地域の勇者たちの間で美談として語られていたが、地元にとっては一銭の利益にもならない。働き手もいなければ、お金を使う冒険者もいないのだ。

そうして、その地域の経済はどんどんと疲弊していった。そして、そこに魔王の手が伸びる。疲弊した地域は、ほとんど何の抵抗もできずに陥落した。まるでインクのシミが広がるように、魔王の支配地域は広がり、人間が居住できる場所は地図上でどんどんと少なくなっていった。

焦りだしたのは、魔王の宮殿からもっとも遠くに位置していた国の王だ。その国王は、活性化した経済と、確立された安全さの中で贅沢の限りを尽くしていた。それでもなお、彼は名王と呼ばれたのだ。勇者化計画は英断だったと、と。なにせ、この地域で死亡した勇者はほとんどいない。そればかりかいくらかレベルを上げたものがたくさんいる。国王の功績は、長く語り継がれるだろうと噂されていた。他国の状況を知らない人たちの間では。

魔王侵攻の最善線では、勇者たちは必死の抵抗を見せていたが、結局無残にやられていった。なにせレベルが違いすぎる。やつらはあまりにも強大なのだ。もっとリソースを集中させ、人を人ならざる領域まで押し上げなければ対抗できるはずがない。しかし、勇者たちはあまりにも人間だった。人間の限界にきちんと納まっていた。

日増しに地図の塗り替え速度は加速した。線が進めば進むほど、抵抗する力が弱くなっていく。近隣の国が攻め落とされたという報が入るたびに、国王のやつれはひどくなっていた。唯一、この国が島国であることだけが臣下たちの希望の材料であった。しかし、国王は知っていた。遠い諸国にある、同じような縦長の島国も一瞬で落とされたという。であれば、この国も同じ命運を辿るだろう。

やがてその島国以外全てが黒色に塗りつぶされた。世界はほぼ魔王の支配下に収められてしまった。残された人々は、ただ終わりのときをまっていた。しかし、どれだけ待ってもそのときはやってこなかった。反抗する意志を見せなかったからだろうか。それとも、同じ島国でもかなり遠い場所に位置していたからだろうか。理由はわからないが、魔王の侵攻はとまり、その国は人類最後の地として地上に留まった。国王が姿を消していたが、そんなことを気にする人間は誰もいなかった。

反撃の狼煙は静かに上がっていた。

勇者たちは過去の反省を踏まえ、代表者4人を選定し、その中で一番レベルが高い人間を「本物の勇者」とした。彼の血筋は、ごくごく平凡なものだったが、それを気にするものはいなかった。レベルが高い、というのはそれだけで説得力がある。他の三人は得意な分野を見定め、それを極める職へと転じた。こうして、残された世界にたった一つだけのパーティーができあがった。

他の勇者たちは、勇者の冒険を支える任に付いた。情報を集めるもの、武器を生成するもの、祈りを捧げるもの、新しい村を作るもの。かつて勇者であったものたちのおかげで、勇者の冒険は少しずつではあるがスムーズに進んでいった。不思議とモンスターたちは、その強力さを失っていた。彼らも平和に慢心していたのかもしれない。

ほんとうにごくわずかではあるが、地図上に人類の拠点がもう一つ増えた。それは希望の象徴でもあった。国に残された人々は、その日強い歓喜を覚え、その日は後々まで復活祭として定められることになった。勇者たちは、冒険を進め、レベルを上げ、装備を整え、地図上を少しずつ明るく塗り替えていった。残された秘宝の装備を手にし、たった一枚だけの巻物から古代の魔法を読み取った。

強力に成長した勇者たちは、なんとか魔王の宮殿へとたどり着き、老いすぎてしまった老人のような臣下と共に、魔王を討ち滅ぼした。そうして、世界に平和が訪れた。しかし、勇者たちの目は、喜びではなく悲しみの涙で溢れていた。

それ以降「本物の勇者」たちの姿を見かけたものは、誰もいない。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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