ブログと、その芸

プロブロガーになる難易度は上がっているのか?(ネタフル)

上の記事を読んでから、しばらくいろいろ考えていた。

私は現時点でプロブロガーではないし、また今後プロブロガーになる見込みもないので、その難易度が上がっていようが上がっていまいがまったくもってどちらでも良い。

ただし、ブログというものの変化には興味がある。また、今からブログを始める人に向けて、何かしら意義のあることも言えるようにはなりたい。ちょいと考えてみよう。

可能性の高さは、どれほど大切か?

まず、ブログという大きなものの変化だが、それは上の記事の「ブログという市場は枯れているのか?」の項でコグレさんが考察されている通りだろう。「もともと枯れていたところに花がついた」。だから、ごく短いスパンで捉えれば__直近の「花が満開な時点」と「最近」とを比較すると__、難易度は上がっているのかもしれない。

しかし、もともと個人がネットに記事を書いて生きていくこと自体が難しいのであって、それがさまざまなツール&ノウハウの手助けによって「可能性が見えてきた」あたりにまでは着地できるようになっているのが現在だ。日本で、個人がブログを公開するようになった黎明期に比べれば、数万円の収入を手にできる可能性は(いささかの誇張を許していただければ)飛躍的に増えている。

後は、それをどう評価するのかだ。

たとえば、もともと1%の可能性しかなかったものが3%にまで増えたとする。なんと3倍も可能性が増えた。しかし、2%しかアップしていないとも言える。

あとは、やりたいか・やりたくないか、だけの話である。

ちなみに、私を含めネットでいろいろな人に自分の発言が読んでもらえる人の意見は、少なからずバイアスがかかっていると考えた方が良い。なんだかんだで、やめなかった人だけが、そういうポジションに付くことができる。

逆に言えば、「やめたくないこと」「ついつい続けてしまうこと」をやることこそが、さまざまなノウハウの先に立つのかもしれないのだ。

出発地点を間違えれば、優れた地図とコンパスを持っていても間違った場所にたどり着く。

その点はよく考えた方が良いだろう。

芸人とは何か?

で、いよいよ本稿の主題である。

「ブロガーは芸人になるべきか?」

まず、この「芸人」とは一体何を意味しているのだろうか。

ネタフルの記事にはその定義はなかった。では、と引用元の記事(参照)をチェックしてみると、これまた定義はない。これでは話を前に進めていけない。仕方がないので、いささか危ういのを承知で推量してみよう。元記事で「芸人」というフレーズに関係する部分をピックアップしてみる。

元祖プロブロガーのコグレさんは象徴的ですが、昔は淡々と更新すれば十分稼げたんですよね。

読めばわかるとおり、彼のブログは超淡々としています。個人の色はほとんど感じません。ニュースサイトに近い存在なので、記事を読んでいてすげー面白いかと言われると、別に面白くはありません(念のため、disりじゃないですよ)。

これからプロブロガーになろうと考えている人は、自分を芸人として露出していかないといけません。芸人といっても、別にギャグをやれという話ではありません。記事を淡々と制作しつづけるだけではだめだ、ということです。もっと「個人」にファンを付ける努力をしないと、生きていくのは難しいと思われるのです。

そういった方向性は見えていつつも、「芸人」になるのは当然困難なことですし、「ブログを読む」という市場がそれほど成長していないという点は変わりません。やっぱり厳しいものは厳しいわけです。

ぼく自身もブログ芸人として努力しておりますが、5年後、自分がこれで食べていけているかはよくわかりません。相変わらずGoogle先生に生命線を握られている状態ですからねぇ。もうちょっと頑張らないと…。

この辺りから言えることは、

  • コグレさんは芸人ではない
  • 淡々と記事を更新するブロガーは芸人ではない
  • 個人の色が出ていないのは芸人ではない
  • 別にギャグをやるのが芸人というわけではない
  • 芸人になるのは難しい
  • 元記事主はブログ芸人として努力している

あたりだろうか。おぼろげに見えてくるのは、

ニュースサイトではない、個人の色が前に出たブログを運営するブロガー

というのがここで言われている「芸人」の印象だ。では、その「個人の色が前に出た」とはどういうことなのかというと、それはわからない。手がかりになるのは、「「個人」にファンを付ける努力を」という部分だが、それが具体的に何なのかは見えてこない。

結局、「芸人ではないブロガー」というのはイメージできるのだが、「芸人としてのブロガー」は手がかり不足で推量の手も届かない。また、芸人とブログ芸人が同じなのかどうかも判断しかねる。

なので、いったん元記事のことは忘れることにする。その上で、もう一度「ブログと芸人」について考えてみよう。

あえて書かない力

昨今では、芸人というとイコールお笑い芸人という印象があるが、言葉通りに捉えれば「なんらかの技芸や芸能の道に通じている人」であろう。

その意味で芸人という言葉を使うならば、ネタフル&コグレさんは紛れもなく芸人である。
※私的な印象ではむしろ「職人」が近いわけだが、それはさておき。

淡々と大量の記事を更新し続ける、みたいなことがあたかも簡単なことのように語られているが、実際そんなわけはない。記事の量の話ではない。どんなネタをピックするのか・それをどう紹介するのか。そこには紛れもなく芸がある。

私は、ネタフルのようなニュース系ブログをまったく読まないので(すいません)しばらく気がつかなかったのだが、たまたま同じネタを扱った複数のニュース系ブログを読み比べる機会があったときに、はっと気がつかされた。ネタフルの記事には、余計なことが書いていない、と。

少なくとも私自身の感覚から言えば、自分のブログには「自分の意見」的なものをどんどん書いていきたくなる。それを書かないでいるには、ある種の抑制が必要だ。

このブログは「自分の意見」を書くブログだから、それをどんどん書いても構わない。しかし、情報の簡易的な摂取目的としてのニュースメディアとしては不適切である。読者が求めているものとのミスマッチが起きる。手っ取り早く知りたい人が読むサイトなのだ。

そして、私の印象ではネタフルはその抑制が非常に効いている。bot生成的な記事でもないし、かといって意見の押しつけがましさもない。その記事生成のバランス感覚は、やはり芸と言えるだろう。

もし、同じことを数年間続けられるなら、そのブログもそれなりの存在感を示せるだろう。しかし、ネタフルとネタフル的なブログは、やっぱり同じではないのだ。

多様なブログの芸

ネタフルは、「言わない力」が強いブログだと感じる。逆に、Lifehacking.jpは「言う力」が強いブログだ。対して、みたいもんは、「言わないで匂わせる力」があちらこちらに漂っている。

実に、三者三様だ。

またネタフルは記事一つ一つが独立しているが、みたいもんは購読しているとわかってくる面白さ、みたいなものがある。Lifehacking.jpはその中間ぐらいだろうか。

これもまた、三者三様だ。

「ブロガーは芸人になるべきか?」

という問いかけも興味深いものがあるが、それよりも前に、

「ブログにとって芸とは何か?」

というのを考えた方が良いのかもしれない。芸にもいろいろな形がある。

さいごに

ブログとはメディアである。

メディアとは、AとBをつなぐ媒介だ。

だからAが何を伝えたいのか、Bが何を受け取りたいのかによって、ブログの芸は変わってくる。

もし、Bの数が相当に多いのなら、ブログを生業としていくことも可能なのだろう。ただ、それはブログ全体の話ではない。一部のブログに限られる。

しかし、その限定性は置いておいても、AとBをつなぐものがブログというメディアである、という視点は、広く適用できる。自分と読者という二つの対象について考えないと、ブログの姿は見定まらないのだ。そして、それを見定めようとする試行錯誤の中で、芸というのものが立ち上がってくるのではないか。それを個性と呼ぶことも、おそらく可能であろう。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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