0-知的生産の技術

レゴブロック、トップダウンとボトムアップ、破壊された構造に生まれる余白

大きなバケツがある。中を覗いてみると、大量のレゴブロックが入っていた。さまざまな色とサイズのブロック。

建築家は言った。「よし、まずは設計図を書こう。それにそって組み立てる」
文化人類学者は言った。「全てのブロックを観察して、特徴ごとに分類するんだ」
子どもは言った。「んとねー、まずこれとこれをくっつけるでしょ。で、これも付けちゃう」


思考の大きな構造体を組み立てるアプローチには二種類ある。一つが、トップダウン。もう一つがボトムアップ。

トップダウンは、まずテーマを定め、それらを中テーマに分類し、それをまた小テーマに分類する。

「Evernoteについて」がテーマだとしよう。大きなテーマだ。それを、「Evernoteとは何か?」「Evernoteの使い方」「Evernoteへのインプット」「Evernoteの整理」「Evernoteからのアウトプット」の中テーマに分類する。

さらに「Evernoteとは何か?」を、「Evernoteの歴史」「Evernoteの特徴」「Evernoteの普及」といった小テーマに分ける。それで大まかな枠組みは完成だ。あとは、小テーマに沿って内容を書き付けていけばいい。あるいは、さらにテーマを分割することもできる。

ボトムアップ

では、ボトムアップとはどのような手法だろうか。

たとえばKJ法という手法がある。同じように「Evernoteについて」がテーマだとしよう。そのテーマを元にして、4〜8人ぐらいでブレインストーミングを行う。もちろんもっと少人数(あるいは一人)でも構わないが、できるだけ多様な意見が出るように心がける。

そうして、「Evernoteについて」というテーマで連想されるトピックをどんどんと出していく。とにもかくにもどんどんだ。その段階では一切分類については考えない。ひたすら材料を出し尽くすのだ。

そうして並べられた材料を丁寧に検分していき、小さな集合体を作る。次に、その小さな集合体同士を検分し、もう少し大きな集合体を作る。後は同じことの繰り返しだ。もちろん、最後には一つの大きな集合体ができあがる。それがその構造体の中心テーマである。


フローラップ(Word Piece)

全体の構成のことなど考えず、自由に書いた文章に見出しをつけてアウトラインへと変換していく作業は、「発想を整理分類してまとめ上げていく」という意味での〈ボトムアップ〉とは質が違う。

上の記事では、ボトムアップと質が異なる手法が提示されている。

何がどう違うのだろうか。

「全体の構成のことなど考えず、自由に書いた文章に見出しをつけてアウトラインへと変換していく作業」は、一見するとボトムアップのことを説明しているようにも思える。素材から枠組みを立ち上げる。それはやはりボトムアップだ。しかしそれは、「トップダウンではない」という対比の意味合いにおいてのみ言える。

つまり、トップダウンかボトムアップの二種類しかなく、それがトップダウンでないのならば、ボトムアップだろう、ということだ。しかし、そこに含まれている全てが一様であるとは言えない。実際、違いはあるのだろう。

安直に名前を与えれば、「発想を整理分類してまとめ上げていく」という〈ボトムアップ〉をボトムアップAと名付け、そうでないものをボトムアップBと呼べば区別ができる。そして、大きな分類の構造は崩れないで済む。トップダウン的発想だ。

しかし、ボトムアップAとボトムアップBに著しい違いがあるのならば、そこには新しい名前が必要だろう。そして、先の文章を、

思考の大きな構造体を組み立てるアプローチには三種類ある。

と改める。ボトムアップ的アプローチだ。


この文章がいささか込み入っていることは承知しているが、もう少しだけお付き合い願いたい。

トップダウンにせよ、ボトムアップ(あるいはボトムアップA)にせよ、構造のラインに沿って再帰的なプロセスを繰り返している、という点では共通している。ただその向きが逆なだけだ。

しかし、そうでないアプローチもあるように思える。たしかに素材ベースなのだが、結晶が大きくなっていくプロセスのように、近しいものがくっついていったら何だか大きな構造体になりました、という生まれ方をするものだ。

子どもが操るレゴブロックのように、それが最終的にどんな形になるのかは、事前にはさっぱりわからない。なにせ、なんとなくくっつきそうな、あるいはくっついたら楽しそうなブロックをつなげていくだ。予測などしようがないではないか。だから、あらかじめテーマを要求されるアウトプットには使用しがたい(※)。
※逆に言えば、そういうアウトプットについて論じるときはこの「生み出し方」は無視して構わない。

しかし、手法としては(それを手法と呼びうるのなら)存在している。が、これがいわゆる「ボトムアップB」と等しいのかは、私では判断はつかない。

破壊された構造と、そこから生み出される問い

実際の所、トップダウンもボトムアップも、簡素化した表現でしかない。どちらのプロセスにおいても、(現実的に機能しているものは)逆向きの思考がどこかで働いてバランスを取っている。ただ、それは簡単には表現しがたいし、「わかりにくく」なってしまうので省かれているだけだ。

それはともかくとして、「思考の大きな構造体を組み立てるアプローチ」がトップダウンとボトムアップの二種類だけではなく、○○○○○○(私は名前を与える役割を回避させていただく)もあるのだとしたら、当然次のような疑問が浮かぶことだろう。

「もっとないのだろうか?」

実に興味深い問いかけである。

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