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Posted on 2015 年 3 月 11 日2016 年 6 月 14 日 by Rashita
Tag:
  • 隣町の斉藤さん

もともと人気(ひとけ)の少ない公園だけども、斉藤さんと話しているときはその傾向が強まるようだった。僕ら以外には、誰もいない。
「その時、気がついたんだ。すべてが色あせているって」
珍しく斉藤さんが身の上話をしていた。
「わかるかい。僕の目に映る世界は、何もかもがフラットだった。意味を消失していたんだ。まるでパソコンの画像編集ソフトで間違った操作をしてしまったみたいにモノクロになっていた。そこには色合いと呼べるものは何もない。そこに存在していたのは、ごくわずかな濃淡だけだった」
「この世界の無意味さ加減に嫌気が差した、ということですか」
「いや、そうじゃないんだ。往年のロック歌手のように、この世界は無意味だ、なんて叫んでいたわけじゃない。意味がない、と感じる心すら失ってしまっていたんだ。それが、どういうことだかわかるかい」
「かなり怖い気がします」
「そうだね。でも、その時の僕は、そんな自分に恐怖すら感じていなかった。何だかまずいことになっているな、という感触はあるんだけど、そのことに意味も感じないし、感情も湧いてこない。そういう状況がある、ということをただストレートに受け取っていたんだ」
「落ち着いていたんですね」
「たしかに周りからは、冷静に見えたかもしれない。実際、肉体的には何も問題はなかったからね。少々アルコールが多いぐらいで。しかし、あきらかにそれは狂気の一歩手前だった。淵は僕のすぐそばにあったと思う。今の僕はありありとそれを感じることができる」
「でも、その状況を抜け出せたんですよね」
「なんとかね。でも、完全じゃない。僕の価値観はその時以来完全に変わってしまった。昔は大切だと思っていたものの大半がどうでも良くなってしまった。億万長者? 大企業の社長? そんなものはあのモノクロの世界では何の意味も持たない。持たないが故に大仰に騒いでいる分だけ滑稽に思えてくる」
斉藤さんは、まだフタの空いていない缶コーヒーを両手で包み込む。
「あの時は、本当に何もかもがどうでもよかった。どうなってもよかった。自分が生きていることも、あるいは死ぬことも特に意味はなかった。スゴロクでたまたま止まったマスに、<明日死ぬこと>と書かれていたら、素直にそれに従ったかもしれない。それは自暴自棄ですらないんだ。自分の肉体と自己という主体が少しずつ剥離されていく。そして、そのことに僕はまったく痛みを感じない。そんな日を長く続けていた。それが長かったのかどうかすらわからない。時間の長さもしょせんは僕という感覚に由来するものだからね。その機能が欠損していた僕にとっては、時間の長さなんてものもなかった。たぶん、そんな気がする」
遠くの方から、ギイギイという鳥の鳴き声が聞こえる。不吉な泣き声だ。もしかしたら、それが人払いをしているのかもしれない。
「とにかく、モノクロでフラットな日を続けていて、あるとき気がついたんだ。それでも、自分は生きているってね。そう、僕が意味を感じようが感じまいが、生物としての僕はルーチンを回しながら、その肉体を維持し続けている。世界はそこにあるんだ。どれだけ滑稽で、不完全であっても、世界はそこにある。なぜだろうか。そう思ったとき、僕の世界に明かりが灯った。もちろん、そんなに大きくはない。自分の身の回りのごく周辺に限ってのことだ。それでも、そこには色があった」
「疑問を持つことが大切、ということですか」
「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える。知的探求心は、たしかに人間の心にエネルギーを与えてくれるかもしれない。でも、モノクロの世界に色を与えるほどの力はないとも思うね。その疑問はなんというのだろうか、もっと大きなものとの接続を確立させたんだ」
「もっと大きなもの?」
「これが宗教的な響きを帯びているのは承知しているよ。そして、そのことに君が多少なりとも嫌悪感を感じるのも理解できる。なにせ君と同じくらいのとき、僕は哲学にかぶれて、理性を重んじ、ありとあらゆる宗教的なものを忌避してきたからね。信仰は知性の怠惰だと思ったことすらある」
斉藤さんは続ける。
「でも、結局のところ、僕の理解はその他の世界についての理解と同様に完全でも充分でもなかった。そこに一面の真実が含まれていることは確かだろう。でも、それが全てではない。そんなに簡単に世界をわかった気になるのは、傲慢というものだ」
「世界には理解できないものがあるということですね」
「そう言ってもいいし、私たちの理解には限りがあると言ってもいい。どちらにせよ、土俵際で必要になるのは、理解なんて生やさしいものじゃない。特別な、ほんとうに特別な心の動きなんだ。そして、それが世界に色合いを与えてくれる。少しずつ、少しずつね」
プシュッとプルトップを引いた斉藤さんは、すでにぬるくなったであろうコーヒーをそのまま飲み干した。鳥の鳴き声は、もう聞こえてこなかった。


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