桂馬跳びの思索、口先パーソン、マネージャーの仕事

以下の記事を読みました。

小さなことでもいい。「自分が何かを変える」という意識を持つこと(Fragments of)

例えば、仕事のオペレーションの中で、いつも特定の箇所で問題が起こるとする。そのことは皆自覚していて、「これってどうにかしたほうがいいよな」という問題意識も持っている。で、「何がダメなのか」というところまで言うことができる。「どこに問題があって、その原因まで分かっているのであれば、その問題は9割方解決したも同然だ」と、ビジネスの世界では言われたりする。

 本当にそのとおりだと思うのだけど、では実際に解決に向けて動き出すのかと思えば、誰も何もしようとはしない。口ではもっともらしいことを言うのだけれど、行動が伴わない。こういう人、あなたの職場にもいるのではないだろうか。

桂馬のように記事の趣旨とはズレますが、ちょっとこの問題について考えてみましょう。

つまり、口ではもっともらしいことを言いながら行動が伴わない人の存在と、「どこに問題があって、その原因まで分かっているのであれば、その問題は9割方解決したも同然だ」との整合性についてです。

口先パーソンは問題解決に寄与するか

仮に、口ではもっともらしいことを言う人がいたとしましょう。その人は、問題を指摘でき、何が原因なのかも把握しているとします。

そして、「どこに問題があって、その原因まで分かっているのであれば、その問題は9割方解決したも同然だ」が正しいとします。実際この言葉にはいくつかのバリエーションがあって、「何が問題なのかがわかれば半分は解決したも同然」なんてものもあるのですが、大意は変わりません。問題を認識できた時点で、解決への道のりは半分以上は進んでいる、ということです。

だとすれば、口ではもっともらしいことを言う人(長いので口先パーソンとします)が存在した時点で、解決への道のりは半分以上進んでいることになるでしょう。

しかし、現実的に考えてその結論は不自然な印象を受けます。だって、口先パーソンがいても、状況って全然変わらないですから。実体験を振り返ってみても……、まあ、止めましょう。

二つの可能性

ここで二つの可能性が思い浮かびます。

一つは、問題はほとんど解決していても、最後の一割(あるいは残りの半分)が解決するまでは状況は変わって見えない可能性。もう一つは、口先パーソンがいても、まったく解決には貢献していない可能性。

前者であれば、問題を認識・指摘するステップから一歩先に進まなければいけません。それはもちろん具体的な行動という形を取るのでしょうが、心配は無用です。9割(あるいは最低でも5割)の部分は口先パーソンが解決してくれています。あとは、残りの数歩を渡りきるだけです。

後者の場合であれば、まったくゼロからのアプローチが必要です。口先パーソンは窓際にでも追いやっておきましょう。

段階的把握

個人的には、前者のアプローチを採用したいと思います。なんといっても、やっぱり問題を認識するのは大切です。問いを立てることが、答えを得る唯一の手段であると言っても過言ではありません。問題が指摘されているのならば、それは尊重されるべきでしょう。

ただし、ストレートな採用は見送ります。その代わり、少しメタ的な視点を取ってみましょう。なぜなら、口先パーソンが指摘している問題が本当に正しいのかの検証も必要ですし、あるいは他にも問題がある可能性もあります。

たとえば、解決すべき問題が10あったとしましょう。その10すべてを認識できたら、問題は9割方解決したも同然となります。しかし、口先パーソンはその問題の1しか指摘できていなかったとします。こうなると、解決への道のりはほとんど歩めていません。歩みはゼロではないのですが、想像するよりは随分と小さいものです。

メタアプローチ

ここで、先ほど触れたメタ的な視点に移行します

すると、こういう問いが立ちます。

「仕事のオペレーションで発生する問題を自覚していて、問題意識もあり、何がダメなのかも言うことができるにも関わらず、具体的な行動を起こさないのはなぜか」

これが、この組織が抱えている問題です。

この問題が解決できるなら、その下位に属する問題は時間と共に解決されえます。少なくとも、それが期待できるようになります。そして、おおよそ下位の問題はこの大きな問題と絡み合っているが故に(原因を共有しているが故に)、なかなか解決されない場合が多いのです。

この問題を人間の質に還元しては(「あいつはやる気がないんだ」)、マネージャーとしては失格です。そうなってしまうと、そこで活躍できるのは飛び抜けた人材だけになるでしょう。もちろん飛び抜けた人材だけのチームは理想的ではありますが、コスト的に現実的ではありませんし、スケールも難しくなります。ウルトラマンが戦えるのは、地球上の一箇所だけなのです。

起こってしかるべき行動が起きていないとき、その行動を阻害している要因は何かを考え、それを取り除くこと。あるいはより促進すること。それがマネージャーの仕事です。それができていないマネージャーは、頭にエセを付けておいて問題ありません。

もしかしたらチームの情報共有がうまくいっていないのかもしれません。報酬の制度が、個人の活躍とリンクしていないのかもしれません。失敗することが、その人のキャリアを大きく傷つけることになっているのかもしれません。上司の考えと違う発言をすると、居場所がなくなるのかもしれません。組織のルールについて、自分は発言権を持っていないと思っているのかもしれません。これまで、何かを変えた経験がないのかもしれません。

なにかしら、あるはずです。少なくとも、何かしらあるだろうと想像することはできます。そうして、打つ手を考えることはできます。

「できる人はできる」

当たり前の話です。

マネージャーは、この当たり前よりも一歩先に踏み出さなければいけません。

さいごに

実際、「問題が把握できていれば、大半は解決したも同然」というのは、ほとんどの場合において正しいと言えます。

しかし問題は、「問題を把握する」のが非常に難しいことです。

たとえば、数学の文章問題を読んだとしましょう。単語を追いかけているだけでは、問題を把握したとは言えません。その文章がどのような状況を指し示していて、何を求めたらいいのかがわかってはじめて「問題を把握できた」と言えます。それはつまり、具体的に最初に取りかかるべきことが、何かしら掴めている状況でもあります。

だからもし、「問題を把握できているにもかかわらず、解決が進まない」なら組織の構造に問題があります。逆に、組織の構造に問題がないのに解決が進んでいないなら、それはたぶん問題がきちんとは把握されていないのでしょう。そういうこともよくあります。

というわけで、引用した記事とは斜め45度ぐらいに関係ないことを考えてみました。

個人としては、自発的に行動することはとても大切です。それが道を切り開くことはよくあります。しかし、マネージャーは個人が自発的に行動し始めるのをたんに眺めて待っているだけでは仕事になりません。なかなか、難しい問題です。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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