3-叛逆の仕事術

ライフハック・ハック

私たちとオートメーションの関係について論じた『オートメーション・バカ』の冒頭で、著者のニコラス・G・カーは懐かしい青春時代のエピソードを紹介している。

免許取り立てで運転した、あのいまいましい「マニュアル車」が、「オートマティック車」に乗り換えた途端、愛おしくなってきたのだと。

それらが与えてくれた、コントロールと関与の感覚が恋しかった──できるだけ勢いよくエンジンをよみがえらせる能力、クラッチを離したりレバーをつかんだりする感触、低速ギアに切り替えるときのちょっとしたスリル。オートマ車はわたしを運転手ではなく、乗客の気分にさせた。

自動走行車が道路を走ろうとしている時代では、懐古主義と笑われるかもしれない。

でも、大切なことが二つある。

一つは「コントロールと関与の感覚」を人が求めるということ。そして、もう一つは、過度なオートメーションは「運転手ではなく、乗客の気分」にさせることだ。

GTDにおける重要なこと

ライフハックと言えばGTD、とはさすがに言いすぎだろうが、タスク管理における重要なコンセプトをGTDが提供していることは間違いない。

その解説書である『ストレスフリーの整理術 実践編』の中で、著者のデイビッド・アレンは次のように書いている。

重要なのは、自分の周りで起きていることをコントロールできており、それらを適切な方向に進められているという実感を持つことだ。

そうすることで、人は前向きに考えることができるようになり、人生に対処していけるようになるとアレンは述べる。だから、GTDではすべての「気になること」を記録し、それを適切なリストに配置した上で、定期的にそれらのリストを見直すわけだ。

そうした行為が、コントロールの実体化として機能し、行為者に実感を与えることになる。

関与と疎外の感覚

さて、二人の発言を見比べてみると、非常に近しいものを感じることがわかる。というか、実質的に同じことを言っている。

両方の発言に「コントロール」が出てくるし、感覚と実感という表現上の違いはあれ、それが意味するものは同一だ。

そこから、どんなことが言えるだろうか。

マニュアル車に乗ろうが、オートマ車に乗ろうが、「出発地点から到着地点まで車に乗って移動する」という点は変わらない。ただし、そこで体験される(あるいは経験される)時間は異なってくる。

片方では、作業が増えてしまうが(で、あるがゆえに)充実感を感じる。もう片方はそうした作業からは解放されるが乗客の気分を味わうことになる。つまり、ある種の行為から疎外されている感覚を得るということだ。

この差を大きいとみるか、小さいとみるかは、意見が分かれるところだろう。

到着するという結果が同じだから同じだと言うこともできるし、人生とは経験した時間のことなのだから、いかにそれを充実させるかこそが大切だと言うこともできる。
※ちなみに車の運転の代わりに何か別の充実あることをすればいいじゃないのか、というのは結局行為に充実感を求めているので同じことである。

最終的な結論は、その人が人生をどのように感じているか(無価値・無意味なのか、価値・意味があるのか)に依ってしまう部分がありそうなので、深くは立ち入らない。

ライフハックについてのみ考える。

ライフハックが与えるもの

ライフハックは、問題解決である。

粒度の違いはさまざまであれ、何か問題・やっかいごと・いらいらすること・面倒なことが目の前にあり、それを解決・改善するための手段を用いる。ときには、その手段を自分で作り出す。

あるいは何かしらのツール(手段)があったときに、それで解決できる問題は何か、といった逆向きのアプローチを取る場合もあるが、基本的な路線として問題解決には違いない。

さて、あなたが生きていて何かしらの問題に直面したとしよう。あなたはそれを改善したいと願う。そして、そのためのテクニック(ライフハック)を用いる。そうして、無事にその問題が解決される。

そこで発生しているのは何だろうか。もちろん、「コントロールと関与の感覚」である。

問題を認知→自身の行為による介入→問題解決を認知

このプロセスを経ることで、私たちはコントロールと関与を感覚を得ることができる。そして、そのとき私たちは人生の乗客ではなく、運転手の気分を味わうことができる。

大切なのはそれが、気分であったり感覚であったりすることだ。つまり、客観的な絶対性が担保されたものではない。そもそも広大な無意識の働きが私たちの日常を支えている中で、本当の意味で私の「意識」が人生の運転手になれるのかどうかは怪しい。また、知らず知らずのうちに私たちは周りの人の影響を受けているものだ。

が、そうしたマクロな視点はここでは一切関係ない。自身の主観にとって、「コントロールと関与を感覚」を持てるかどうかだけが肝なのだ。

それを持つことができれば、私たちが体験する(経験する)時間(の質)は変わってくる。

さいごに

ライフハックは問題解決であり、人生を効率化してくれるものである、というのは間違いではないにせよ、十分な説明でもない。

ある意味で、ライフハックを用いて問題解決にトライしていることそのものが、ある種のハックなのだ。人生という時間の質を変えるハック。ライフハック・ハック。

だから、逆に言うと、偉い人が紹介しているテクニックを「おぉ、それはすごい」と真似しているだけのものは、ライフハックがもたらしてくれるものを非常に限定的にしか利用していないことになる。

自分の本当の問題とは縁遠いものを、自分にとって使い勝手が良いとはいえない方法で解消しても、「コントロールと関与を感覚」は発生しない。むしろそれはオートメーションに近いものだ。

重複するが、「オートメーションで何が悪い」について私は特に意見を持たない。マニュアルであれ、オートマであれ、プラスが増える(あるいはマイナスが減る)という結果が出るんだからいいんじゃないか、と言われれば、それはまあそうかもしれない。

それはそれとして、自分の人生に「コントロールと関与を感覚」を持ちたければ、意識しておくべきことはいろいろあるように思う。

▼参考文献:

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オートメーション・バカ -先端技術がわたしたちにしていること- ニコラス・G・カー 篠儀直子

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