理由もなく説明もできないもの、あるいはF&t

以下の記事を読みました。

「理由もなく説明もできないもの」より(23-seconds rambler)

理由もなく説明もできないもの(Word Piece)

不思議と、「理由もなく説明もできないけど惹かれる」ものは結構あります。あるいは、それは不思議ではないのかもしれません。すべての物事が説明や理由づけできる、なんてことは誰からも担保されていません。かなしい理性の思い込みであり、たぶん存在理由でもあります。

日本語には、「無性に」という表現があって、たぶんその感覚は、「理由もなく説明もできないけど惹かれる」に近いものがあるのでしょう。違いは強弱だけかもしれません。

そうしたものは、つまはじきにされがちです。テンプレートに載らないもの。データベースにおける不協和音。理路整然が大好きな理性によっては異物でしかありません。

でも、どう解釈をねじ曲げたところで、その異物こそが身体性であり、私に強く属しているものです。自分が太く属しているものです。

「自分」という凝り固まった小さな蛙を、「私」という主体性の湖に帰すためには、異物が打ち立てる響きに耳を澄ませなければいけません。集中して、音を拾わなければいけません。そうしないと、騒々しい現代ではあっという間に見失ってしまいます。

言うまでもないことですが、湖が偉大で、蛙が劣っている、なんてことはまったくありません。その二つを比較することが__なにせまったく異質な存在です__誤りの始まりです。湖には湖の、蛙には蛙の存在理由があり、意義があり、役割があります。ただ、この二つが乖離しているとやっかいなのです。

蛙はぴょこぴょこ跳び回っているうちは、きっと自由な気分が味わえます。しかし、湖にその身を浸したとき、帰ってきたような感覚がするでしょう。その瞬間、湖は蛙を飲み込み、蛙は湖と一体化します。そして、気が向けば蛙は再び地面へとその足を向けるでしょう。ぴょこぴょこ、と。

「Don’t think.FEEL! 」

は、いつでもどこでも使える標語ではありません。科学者にその言葉を向けられるでしょうか。あるいは医者に。あるいは弁護士に。あるいはプログラマーに、原子炉の技術者に、意気揚々と自分の「悪行」をツイートしている若者に、一国の総理大臣に、これから虐殺を行おうとしている独裁者に。

私は株式トレーダーが、自分の感情に飲み込まれて大金をズルズルと失っていく姿を何度も見ています。

FEELだけで済まそうとするのは、人間の感覚を過大評価しすぎです。それは、thinkとは違った力を持っていますが、だからといって万能ではありません。

バランスを取ることなのです。それらを両輪として働かせること。炎と氷で作った剣は、決して折れることが無く、弱点というものを持ちません。陰陽のマークは、高速で回転させると灰色に見えますが、灰色ではないのです。

thinkに傾きそうになっていたら、FEELを取り戻す。
FEELに行きすぎていたら、thinkを発揮させる。

そのバランス感覚があると、致命的に間違うことは少なくなりますし、また間違えても(ある程度は)取り返すことができます。

「理由もなく説明もできないけど惹かれるもの」は、たぶん鍵の一つです。ランキングやレビューと遠ざかるための扉を、その鍵は開けることができます。だからといって、その先に完全な世界が待っているわけではありません。ただ、違う世界が広がっているというだけの話です。

それはそれとして、私は、

建物と建物を繋ぐ空中通路だったり、
首を回すだけでは視野に収められない巨大な本棚だったり、
無人の倉庫をスイスイと走り回るロボットだったり、
アリス、という名前だったり、
アーカイブ、という言葉だったり、
アメリカの陽気なロックだったり、
秋の昼下がりに差す影のようなベース音だったり、
ほとんど紺に近い青色だったり、
まっさらなそして厚みのあるノートだったり、
トクトクトクと注がれるウィスキーの音だったり、
商売が成り立つのか心配になる古書店だったり、
はっとさせられるような比喩だったり、
深夜のファミレスだったり、
なかなか懐こうとしない猫だったり、
メガネをかけた静かな女性だったり、
妻だったり(ただしメガネはかけていない)、

に「理由もなく説明もできないけど惹か」れます。そのうちのいくつかは、理由を準備する必要があるわけですが。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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