6-エッセイ

100分の1の「ほんまかいなー」

100人ひとがいたとして、そのうち一人ぐらいは皆が納得していることに「ほんまかいなー」と疑問を投げかける人がいたほうがバランスはよい。

そういう人は石橋を叩いているのだ。

一見安全だし、これまでも安全だったから、安心して渡れると判断する。実際、蓋然性も高いだろう。でも、100%ではない。だから、疑問を持つ。

そういう疑問は、きっと100の内99は心配しすぎに終わるだろう。でも、そのうち1回は亀裂を見つけ、皆の安全を守る。

で、それとまったく同じ構図で、皆が「ほんまかいなー」と言っていることに、「いや、これはほんまです」と確信する人もやっぱり必要だ。

ボロボロに朽ちかけた木の橋でも、火の手が後ろから迫っているならば渡るしかない。そして、似たような橋を渡ったことがある人ならば、ある程度のジャッジメントはできるだろう。もちろん、そこには100%の保証はない。普段だったら渡りたくない。でも、火の手が迫っているんだからしょーがない。打てる手の中で、最善の手を打つしか助かる道はない。

で、これは100人の集団に限った話ではなく、ひとりの人間の心の持ちようなんかにも言えるのかもしれない。

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