正統派の知的生産本である。
アウトライン・プロセッシング入門: アウトライナーで文章を書き、考える技術 |
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Tak.
2015-05-07 |
Kindleストアのみ(※)で発売されている電子書籍だ。セルフパブリッシングによって出版されている。テーマは、アウトライナーおよびアウトライナーを使った文章の組み立て方。あるいは、もう一歩踏み込んで「How to think」と言ってもいいかもしれない。
※2015年5月11日現在。
もし私がビジネス書の編集者で、この本の編集を担当しているなら、きっとタイトルは『Shake! 〜アウトライナーを用いた思考の技法〜』にするだろう。ようするに、そういう楽しそうな本なのだ。
概要
目次は以下の通り。
- Part 1 アウトライナーとアウトライン・プロセッシング
- Part 2 文章を書く
- Part 3 理解する・伝える・考える
- Part 4 アウトライナーフリーク的アウトライナー論
紙の本換算で129ページとあるので、それほど分量は多くない。5〜6万字といったところだろうか。時間を確保できれば一日で読み切れる。しかし、あっさりしているかというとそうでもない。むしろ、鍋いっぱいの削り節からとったダシのような濃厚さがある。後引く濃厚さ、というやつだ。
Part 1では、そもそもアウトライナーとは何か、(本書のタイトルでもある)アウトライン・プロセッシングとは何かが解説される。少し定義を引用してみよう。
ここではとりあえず、アウトライナーを「アウトラインを利用して文章を書き、考えるためのソフト」だと定義しておきましょう。そして「アウトラインを利用して文章を書き、考えること」がアウトライン・プロセッシングです。
ここに大切なポイントが示されている。アウトライナーは、テキストを扱う。だから「文章を書く」ためのツールだということは直感的に理解できる。でも、それだけではなく「考える」ためのツールだと言うのだ。なぜだろうか。
本書はそれを、実際にアウトライナーを使って文章を作り上げていくプロセスを例示しながら、段階を踏んで示していく。
アウトライナーと「考える」
「2.3発想から文章化までをアウトライナーで行う」では、(1)自由なフリーライティングから始まり、(11)本文の完成でおわる11の文章作成のステップが紹介されているが、まさにこれこそが文章を書くうえでの手順であり、それはそのまま「考えること」の手順でもある。書くことは、考えることなのだ(※)。
※もちろん、考えないでも書ける文章はやまほどある。
アウトライナーは構築する道具であると同時に、構築されたものを流動化させ、解体してしまう道具でもあるのです。
ここにアウトライナーの奥深さ(とわかりにくさ)が眠っている。アウトライナーの一つ一つの項目は、編集可能であるだけでなく移動可能である。いや、可能という言葉では弱いかもしれない。「移動させる」というアフォーダンスを持っている、と言った方が実感は近いだろう。
地点Aに設置されている項目は、いつでも地点A以外の場所に移り変わる可能性を秘めている。アウトライナー上では、全ての要素が「仮置き」なのだ。フローティングなのである。そして組み替え可能であるばかりでなく、組み替えを促進さえしている。
アウトライナーが「考える」ためのツールであるのは、この点だ。
アウトラインの組み替えは視点の組み替えでもあるのです
何かを考えるうえで、視点の移動は欠かせない。それによって、既存の要素の新しいつながりを見出したり、あるいは新しい要素を導入できたりする。
IDEOのCEOであるティム・ブラウンが『デザイン思考が世界を変える』で示しているが、創造的な行為というのは常に流動的なプロセスを経る。あるいは相互作用のプロセスを経る。完成品ができるまでは、ありとあらゆるアイデアに新しく入り込む余地があり、それはつまりゴールが固定ではないことを意味している。
そんなプロセスを固定的なツールが支えることができるだろうか。
もちろんできなくはない。なんといっても私たちの思考そのものが流動的であるからだ。だから、適さないツールを使っても、脳が頑張ればやれることは多い。しかしそれは、ツールの意義をまったく欠いている。
発想法の古典ともなりつつあるKJ法に関する批判で、「こんなことはみんなが頭の中でやっている。それをわざわざカードを使って外部化しているだけじゃないか」というものがある。まさにその通りだ。そして、だからこそ意味がある。ツールが行う補助は、頭の中で進行しているプロセスと同一の方向を向いていないと意味がないだろう。
アウトライナーがやっていることも、基本的にはそれと同じである。
そして、本書で提示されている「シェイク」という概念こそが、何かを生み出していくうえで、あるいは何かを考えるうえでの要諦となる。
シェイクは視点の移動だ。ボトムからの視点と、トップからの視点を共に大切に扱う行為だ。個を尊重しながら、全体を見失わないためのバランスの取り方だ。やってみるとわかるが、これにはたいへんな労力がいる。「中庸」という言葉のあっさり感に憤りを覚えたくなるくらい苦労する。
しかし、両方の視点を大切にする、ということはそういうことなのだ。苦労を避け、片方の視点の勢いだけで押し切ったときにどうなるのかは、最近の議会制民主主義がよく教えてくれるところだ。「考える」うえで、時間と労力は省いてはいけないものである。
さいごに
最初に、本書を「正統派」だと評した。これには「まっとうな本」以上の意味が込められている。
本書を読んでいると、『知的生産の技術』『知的生活の方法』『考える技術・書く技術』といったいわゆる「知的生産の技術」系の新書と似た香りがしてくる。
ノウハウ本であることは間違いない。しかし、本書を「ノウハウ本です」と紹介してしまうことには抵抗感を覚える。本書には、実践があり思想がある。歴史があり未来がある。簡単な入門書でありながら、考えるきっかけがある。
もちろん、編集に関しては手を入れる余地はいくつもあるだろう。なにせ、セルフパブリッシングで出版された本なのだ。しかし、それを差し引いても十分に完成度の高い本だと言える。
非常に残念ながら、現在書店で簡単に入手できる知的生産系の書籍において、アウトライナーについて本格的に解説された本は稀有である。皆無と言ってもいいだろう。Kindleストア限定とは言え、本書はアウトライナーという便利な知的生産ツールの普及に一役買うに違いない。