6-エッセイ

特権が変えるもの

TEDの「ポール・ピフ: お金が人を嫌なヤツにする?」を見ました。

もちろん、お金は人を嫌なヤツにはしません。しかし、面白い研究テーマです。


最初に登場するのは特別ルールのモノポリーを使った実験。

被験者はペアとなってゲームをプレイします。ただし、片方は通常のルールでプレイ、もう片方は恵まれた人ルールでのプレイです。コイントスで選ばれたその幸運なプレイヤーは、サラリーが二倍もらえ、さらにサイコロも二個。これでは負けるはずがありません。

実験では、こうした幸運なプレイヤーがゲームを進めるうちに(つまり資産を形成していくうちに)、自分の力を誇示したり、共感に欠けた発言をし始める様子がビデオカメラに録画されています。「俺はすごいやつ。お前たいしたことない」。これは名高いスタンフォード監獄実験と同じものを指し示しています。環境が人を作る。言い換えれば、置かれた環境によって人は自らを定義する。

それ自身も興味深いテーマではありますが、ポールはさらに興味深い結果を開示してくれます。

幸運なプレイヤーは、そのゲームに勝った理由を、自身の行動によって説明したそうです。資産をどのような意図を持って購入したか、勝つためにどんな戦略を練ったのか、どんな点に注意したのか。その話をまとめれば、きっとすばらしいビジネス書ができあがることでしょう。もしかして、突っ込んで訊いてみれば相手プレイヤーの戦略的にまずかった部分なんかも指摘してくれるかもしれません。有能なコンサルタントの誕生です。

もちろん、幸運の女神の気まぐれでコインの裏表が逆になっていれば、勝者と敗者も簡単にひっくり返っていたでしょうけれども。


認知的不協和の観点から考えてみましょう。

プレイヤーはどれも同一の存在なはずです。しかし、実際にゲームを始めてみると、自分は相手よりも多くのサラリーを得ている。おかしな状況です。それを「理屈」で説明づけようとすれば、「俺がすごいやつだから」ということになるでしょう。自分が優れた存在であるから、サラリーがたくさんもらえるし、サイコロも追加で振れる。簡単な話です。

では、「俺がすごいやつだから」という認識が前提となって、仮に勝利の理由を尋ねられたら、どのように答えるでしょうか。それはもう「俺のとった行動がすごかったから」となるでしょう。なんといっても、「俺はすごいやつ」なのです。そうした存在がとる行動がすごくないはずがありません。

かくして絵空事ができあがります。


動画の後半にも、いくつか他の実験が紹介されていますが、面白い以上のものではありません。お金持ちだから嫌なヤツになったのか、もともと嫌なヤツだからお金持ちになれたのか、という点が分離できていない気がします。その両者にある種の相関があるよ、というぐらいのお話です。

それはさておき、環境が人を作る、という点は重要でしょう。

別にお金に毒素があり、それが蓄積することによって人が嫌なヤツになるわけではありません。もしそうであれば、すべてのお金持ちは嫌な人になってしまいます。

モノポリー実験とスタンフォード監獄実験から垣間見えるのは、特権がもたらす認知の歪みです。何かしらの権利が、他の人と比べて多いかどうかが、自分がどのような存在であるのかを(自分の心の中で)定義します。そしてそれが「違い」を生むのです。

「俺は特権を持っている。なぜなら、俺が優れているからだ。じゃあ、特権を持っていないヤツは? 優れていないやつだ。俺とあいつらは違う存在なのだ」

こうして共感は、その輝きを失っていきます。その人の心にある「共感力」がなくなるわけではないのです。ただ、相手のことを共感対象に数え上げないようになるだけなのです。だって、「違う」存在だから。無知のヴェールは、この認知の歪みを修整する働きが期待されますが、まあ、そんなことで簡単に解決するなら、今の世界はこんな形にはなっていないでしょう。

ともあれ、世界を知ることは大切です。それによって、歪みがゼロになることはなくても、多少マシな認知にはなります。もちろん、ある種の自画像を決して壊したくないというのならば、お勧めはしませんが。

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