まっとうについて

「まっとうにやるのが一番ですね」

ということは、何度も何度も思うわけですが、そもそも「まっとう」って何でしょうか。

辞書を引くと、「まともなさま。まじめなさま」とあります。じゃあ、まじめってなんなのさ、と思春期の青年のような疑問を持ってさらに辞書を引くと「うそやいいかげんなところがなく、真剣であること。本気であること。また、そのさま。」「真心のあること。誠実であること。また、そのさま。」などとあります。

ふむ。

少なくとも、辞書に載っている文脈ではこの言葉はプラスのフィーリングを持っています。「マジメ」みたいに書くと、小馬鹿にしたニュアンスがありますが、本来はプラスの評価がある言葉でしょう。

では、なぜこの「まじめ」はプラスなのでしょうか。つまり、「うそやいいかげんなところがなく、真剣であること。本気であること。また、そのさま。」「真心のあること。誠実であること。また、そのさま。」が良いことなのでしょうか。

「そんなのあたりまえじゃん」と思われるかもしれませんが、まったく別の価値体系で生活している火星人が地球を見物したら首をかしげるかもしれません。なので、あらためて考えてみます。たとえば、背理法的に。

もし、この価値観が逆転していたらどうなるでしょうか。まじめがマイナスの評価で、その逆の行為がプラスの評価だったとしましょう。もちろん、騙し合いが多発します。謀略があり、策略があり、いたるところに落とし穴があります。そんな状況で「社会」が成立するでしょうか。やはり難しいでしょう。

物を買うためには徹底的に調査しなければいけませんし、裏切られても損しないように綿密な契約書の作成も必要です。町を歩くときも誰も信用せず、差し伸べられた救いの手もはねのけなければいけません。家に帰っても、警戒に警戒を重ね、ゆっくり眠ることすら難しいでしょう。

ようするに社会的なコストが増大してしまうのです。

また、助け合いが発生しないため、弱者はいつでも弱者に置かれ続けます。結果、そうした存在は虐げられ、略奪され、いずれ消えゆきます。結果、多様性が損なわれてしまい、大きな変化が起きたら、一瞬にして滅亡するでしょう。

どうやら、このルートは、あまりよいシミュレーションではなさそうです。

「まじめ」にプラスが置かれる社会ではこれが逆転します。もちろん、その社会だってユートピアではありません。人を騙す輩は必ず出てきますし、すべてを未然に防ぐことなど不可能です。ただし、「真心や誠実」にプラスの評価が与えられているので、騙された人に助力することが促進されます。どうであれ、社会的なコストが劇的に下がることはたしかです。

完全な解決ではありませんが、二つのシミュレーションを比べてみた場合、後者の方がマシそうではありそうです。

「うそやいいかげんなところがなく、真剣であること。本気であること。また、そのさま。」「真心のあること。誠実であること。また、そのさま。」は、人間が関わる何かしらの要素を、長く継続させていくために効果的な戦略の一つです。

だから、「まっとうにやるのが一番ですね」は当たり前のことを言っているだけです。むしろ、定義を逆にしてもいいかもしれません。「長期的に活動を継続させられる姿勢・価値観を、まっとうと呼ぶ」と。

世の中に絶対的な善悪を見定めるのは難しいかもしれません。しかし、「(社会や共同体を含む)系が持続しやすいかどうか」の判断基準なら持ち込めるでしょう。そして、それが一番大切なことなのかもしれません。

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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