6-エッセイ

ステ振り

『AGI万能論なんてものは所詮、単なる幻想なんですよ!』
キーの高い男の声が、広い酒場いっぱいに響き渡った。
『確かにAGIは重要なステータスです。速射と回避、このふたつの能力が突出していれば充分に強者足り得た。これまではね』

__『ソードアート・オンライン5』
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《今週の勝ち組さん》の中で《バレット・オブ・バレッツ》の優勝者であるゼクシードは嘲笑するかのように宣言し、AGI(俊敏力)をガン上げしたプレイヤーに「ご愁傷様」と告げている。

敏捷力。敏捷力を上げれば、火器を連射でき、また回避ボーナスを得られる。一方的に打ちまくって、こちらは被弾ゼロ。You win。完璧な理屈だ。

しかし、MMOは社会と同じようにゲームバランスが変わる。変わってしまう。そして、レベル型のゲームはステータスの組み替えがきかない。一度割り振ってしまったステータスボーナスは変更できない。AGIをガン上げしてしまったら、そのボーナスを別のステータスに割り振ることはできないのだ。

だから、常に先を予想しないといけない。そうゼクシードはまくし立てる。

ゲームに新しく登場する火器は、強力な分、装備するために必要なSTR(筋力)もアップする。生半可なSTRでは装備することもできない。逆にそれが装備できれば、新しい火器は命中精度も高い。AGIが高いプレイヤーにも、ヒットさせることができる。

だから、SRT-VIT型の時代がやってくる。新しい時代に適合できるのは、SRT-VIT型だ。

そうゼクシードは言うのだ。なにせ《バレット・オブ・バレッツ》の優勝者の発言である。言葉に重みがある。説得力がある。

しかし、一部の観衆は冷めてみている。なぜなら、少し前にAGI最強説を唱えていた人物が、ゼクシードその人だったからだ。中には、誤った「理論」を流布させて、自分だけ有利なステ振りを行っていたのではないか、と疑う観衆もいる。

もし、そうだとするならば、新時代のSRT-VIT型説も疑ってかかるべきだろう。


世の中には、ポジショントークが溢れている。


「理論」は、環境を操作すれば、いくらでも正しくできる。


私たちは生きている。それはイコール時間を使うということだ。限られた人生という寿命を投じ、行動という現象を引きおこす。

何かを得れば、何かを失う。何かしらの行動を取るということは、別の何かの行動を取らないということだ。

一度上げたステータスは、もう組み替えることができない。

私たちは失敗したくない。損失はできるだけ回避したい。限られた人生なのだから、その時間を満ち足りたものにしたいと願うのは自然な流れであろう。

だから、「成功例」のステ振りを知りたくなる。それが失敗しないための最短ルートであるかのように思えてくる。

でも、それは本当だろうか。その「成功例」を支える「理論」は、充分に開かれた環境に置かれているだろうか。ごく一部の、限定的な状況で、限られた時間しか通用しないものではないだろうか。

だったら、どうすりゃいいんだ。

別になんだって構わない。AGIを上げたいと思えば上げればいいし、途中でSRT-VIT型にシフトしたければシフトしたらいい。自分がカッコイイと思うスタイルを追求すればいい。そして、その結果を引き受けたらいい。それが、ゲームを楽しむということではないだろうか。


仮に「絶対に成功できる方法」というのがあったとしよう。

もしその方法に、本当にその力があるのならば、王様の椅子に座っているのは別にあなたでなくても良いということだ。だってその方法は「絶対」なのだから。誰がやっても同じ結果となる。

それって、面白いのだろうか。


後衛が前衛より劣っているということもないし、冒険者が鍛冶屋より偉いということもない。

ゲームをするというのは、自分のゲームをするということだ。

そして、ゲームにはルールが必要である。つまり自分のゲームには、自分なりのルールが必要だ。

自由というのは、好き勝手にやることではない。

行動の理由を自らに持つことだ。そして、自分のルールを自分で定める、ということだ。だからこそ、役割というものが生じてくる。


将来なんて予想しなくてよいとは、さすがにいえない。ただ、予想したところで完璧に見通せるものはほとんどない。

なので、自分で予想し、そのリスクを自分で引き受けることだ。

幸いこの世界にはいくつものゲームがあり、新しく生み出すことすらできる。それは一つの希望と言ってもいいかもしれない。

とりあえず、レベルを上げておくことは、それなりに有効である。もちろん自分のゲームをやりながら、という前提はつくわけだが。

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