6-エッセイ

ゲームをプレイする感覚

有名技術ブロガー堤修一氏に聞く、「情報発信」からキャリアをデザインする方法【特集:エンジニア育成の本質】 – エンジニアtype

とても面白い記事なので、ぜひご覧あれ。

さて、二つ思ったことがあります。どちらもたぶん「続けること」に関したことです。

その一。何かゴールがあったとしましょう。約束された成功の形と言い換えてもいいです。

現状があって、はるか彼方に約束された成功の形があります。で、「努力」してその間を進んでいく。それってどう考えてもしんどいですよね。なぜなら、その間の部分が「途中経過」でしかないからです。つまり、実質的な意味を持っていない。そんな時間が楽しいわけがありません。

その意味で、もしかしたらわかりやすい形で「成功の形」を提示してくれる人は、救世主なようでいて、案外そうではないのかもしれません。


その二。私はよく「ストイックですね」と言われます。言わんとすることは理解できないではありませんが、そんなにたいそうなことだとは思っていません。

だって、RPGをするときはプレイヤーのレベルを上げますよね。お金を貯めて強い武器も買う。ダンジョンをぐるぐる回ってスキル上げも行う。

だったら、なぜ人生というゲームでそれと同じことをしないのだろうか__そう思うわけです。

ゲームの中ではそうした行為を(ぐちぐち言いながらも)楽しんでいます。スタート時点からレベルがMAXで全ての装備品を所持しているRPGなんて楽しくもなんともありません。逆に言えば、キャラクターを育てていく要素の中に楽しさの源泉があるわけです。

それにどうやって効率良く経験値を貯めるか、アイテムを最短ルートで回収していくか。そんな探求の中にも面白さの要素はあります。

つまり、適当にやるより「ストイック」にやったほうが__もう少し言うと他人からストイックに見られるぐらいにやったほうが__楽しめるのです。で、人生だって似たようなものです。


もし、成功の形が他人から示されていて、しかもそこに至るまでのステップまで逐一準備されているとしたら……。

それはもう煉獄みたいなものかもしれません。

「僕の講演を聞いて書き始めたという人のブログを見てみたら、本当にただ毎日、内容のあまりない記事を書き続けているだけ、ということがあったんです。それでも書き慣れてくるとか多少のメリットはあるとは思うのですが、ずっと誰にも読まれないままだろうし、それだと楽しくなくて結局は続かないはず。野球にたとえるなら、どうすればもっとうまく打てるかを考えずにバットを振り続けているようなもの。筋力はついたとしても、それではバッティングが上達することはないでしょう」

これもストイックな話にきこえるかもしれませんが、ゲーム感覚で捉えれば、ごく自然な発想といえるでしょう。

enjoy your geme.

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