感想群

さっそく「Apple Music」を使ってみたけれども、あんまり関係ない雑感

第一感は、「ふむ」というところ。

Apple Musicはメインストリームを狙う―ターゲットは「何を聞いたらいいかわからない」カジュアルな音楽ファン | TechCrunch Japan

音楽ファンのすべてがDJレベルの知識があるわけではない。その点が音楽ストリーミングで最大の問題だった。なるほど検索窓は設けられているが、その向こうにあるのがレコード音楽の歴史のすべてでは一般の音楽ファンは戸惑ってしまう。次に何を聞いたらいいかどうやって知ったらいいのだろう?

この記事では、Apple MusicとSpotifyの市場戦略の違いが解説されています。で、私はどちらかと言えば「一般の音楽ファン」ではなく「熱狂的な音楽ファン」に近いので、Apple Musicよりは(使ったことはありませんが)Spotifyの方が合っているのかな、という印象。

それはそれとして、”「次に何を聞いたらいいかわからない」カジュアルな音楽ファン”が、月額約1000円を支払うことに同意するのかな、というのが一点気になるところではあります。まあ、そのあたりはよくわからないのではありますが。

それはそれとして、背景に「大量の音楽」があり、そのどれにでもアクセスできる環境が登場したとき、いかにしてその音楽にアクセスするのかというアプローチが問題になるのはごく自然なことです。以前、ブログかどこかで書きましたが、「プレイリストに値段がつく時代がやってくるだろう」という予想は、実際に「厳選されたプレイリスト」がApple Musicに埋め込まれている現実が証明してしまっているように思えます。

もちろん、この「音楽」は、「本」に置き換えられますし、もっと抽象度を上げて「情報」に敷衍しても問題ないでしょう。


まずユーザーを見つめます。そこにはさまざまなコミットのグラデーションが存在しています。

コミットの中ぐらいは、「カジュアルな音楽ファン」です。大は、「熱狂的な音楽ファン」。

あるいは、コミットの小は、「一年に一冊本を買う人」で、大は、「何冊買っているのかよくわからない人」。

こうした違いは、消費金額の違いとして表面化しますが、それ以上にその分野に関する知識や発信についての意欲の違いも内包しています。だからこそ、Apple Musicはプレイリストが準備されるのですし、Spotifyはユーザー同士の交流に重きが置かれているわけです。

このような違いに注目せずに、「ユーザー」と一括りにしたり、あるいは「消費者」と呼んでそこに内在する知識や意識を無視してしまえば、あまり効果的でない戦略ができあがってしまうでしょう。


次に、摂取のアプローチについて考えます。

一つは「検索」。言うまでもなくGoogleは大変便利ですが、もちろん問題がないわけではありません。検索結果がアルゴリズムに依ってしまう点、さらにそれを逆手にとるような悪ハック(わるはっく、と読みます)が存在しうる点もありますが、それ以上に「検索ワード」を知らないと、情報にアクセスできない点が大きいでしょう。

コミットが小なユーザーは「言葉」を持ちません。あるいは、持っていたとしても解像度が高くない。「ジャズが聴きたい」とは言えても、「どんなジャズが聴きたいのか」までは言い切れないわけです。せめて、チャーリー・パーカーと似た人、ぐらいまで言えれば検索も助けてくれるかもしれませんが、その言葉がなければ何も提示してはくれません。単純な検索ではここがネックになります。

そこで、「キュレーター」が登場します。「これこれこういう情報(コンテンツ)がありますよ」と提示してくれる存在です。情報の目利きであり、選別者です。

キュレーターの価値は、その人が紡ぐコンテキストにあります。なので、キュレーターの情報を断片的に摂取しても実はあまり意味がありません。そこで、キュレーターとの接点は、プッシュ型の何かになるでしょう。そのメディアの形にはさまざまあるのでここでは深く言及しません。

さらに、「キュレーター」に近しいものとして「パッケージ」があります。コンテキストによって情報をまとめるという手法は同じですが、キュレーターが行うキュレーションは、独自のコンテキストである(あるいはでなければならない)のに対して、パッケージのコンテキストは特異なものである必要はありません。普遍性が高くでOKなのです。

キュレーションは、新しいコンテキストのもとに情報を再編するような試みですが、パッケージは、そのコンテキストに(ほとんど)自明に内在する価値によって編集する試みと言えるかもしれません。ざっくり言えば、「集中力を高めたいときに聴く音楽」と「バッハ後期セレクション」の違いのようなものです。

このような3つ(検索、キュレーター、パッケージ)のアプローチがあり__もちろん他にもあるのでしょうが__、ユーザーのコミット具合によって、利用されやすさもまた変わってきます。

さいごに

まあ、この辺の分析はまだまあ荒っぽいのですが、それはそれとして「その環境に広がりがあるのか」という点はすごく気にかかります。

たとえばですが、音楽のライトユーザーが、ディープなファンに「啓蒙」されて深みにはまってしまうようなことがあります。それがその業界の裾野を広げ、また強化していく効果もあるでしょう。

もしコミットごとにユーザーのプラットフォームが分かれてしまえば、このような交流は起こりにくくなるかもしれません(すでに、もうそんなものは起きない世界になっているという指摘もありそうですが)。

もちろん、ディープなユーザーはときとして「うっとうしい」存在なわけですが、それをノイズとして切り捨ててしまえば、変化も何もない閉じこもった世界になってしまうような気もします。その辺は別の情報交流ツールが補完する形になるのかもしれません。

とりあえず、9月まではApple Musicを使ってみようと思います。今、クラプトンのプレイリストが流れていて良い感じです。たぶん、自分のiTunesにも入ってるはずなんですが。

コメントを残す