食い合わせとカメレオン [先輩と後輩シリーズ]

「せんぱーい」
「ん?」
「知ってましたか? 時代はうぃんうぃんなんですよ!」
「……ついに、暑さにやられたか」
「ちょっと、先輩! ご臨終した患者さんの前に立つドクターみたいに首ふらないでくださいよ」
「どうせ、また何かの本の受け売りだろ」
「失敬な! 受け売りじゃなくて、引用ですよ。引用」
「……うん、まあそうしとくか。で?」
「就活の面接に備えてですね、どどーんとビジネス書を買ったんですよ。どどーんと」
「どんなやつだ。ちょっと見せてみろ」
「えっとね、『七つぐらいの習慣』でしょ『絶対に相手を説得するプレゼン』でしょ『あなたの印象の9割は一言目で決まる』でしょ……」
「これみんな同じ著者じゃないか」
「そうです。ブックオーブでセット販売してたんです」
「で、安かったから買ったと」
「そうです! 買い物上手でしょ!」
「で、こんな馬鹿馬鹿しいことになってると」
「そうです! って、えっ?」
「貴様は、この本全部読んだのか?」
「もちろん。読みやすい本ばかりだったので、一日で全部読んじゃいました」
「で、それぞれに感嘆して、引用してまわっていると」
「そうですよ。やっぱり実践が大切ですからね」
「引用して回るのは、実践とはまったく関係ない気がするが、まあいい。問題は、食い合わせだ」
「食い合わせ?」
「さっき、貴様はwin-winがどうのこうの言ってたな」
「そうですよ。私自身の利益だけじゃなくて、相手の利益も考えなきゃダメなんですよ」
「俺様もその考えには同意する。でなきゃビジネスは略奪ゲームに堕するからな。だがな、ちょっと考えてみろ。そのwin-winと「絶対に相手を説得するプレゼン」はどう結びつくんだ」
「えっ?」
「絶対に相手を説得する、というのは相手の意志をねじ曲げるということだ。そうだろ。自分の考えを押し通して、相手の考えを退ける。でないと、「絶対に説得」なんてできるはずがない。重要でないことをさも大切だと飾り立てたり、取るに足らない数字を大きく見せたりして、「説得力」を持たせるんじゃないのか。それが嘘ではないにせよ、誘導が含まれていることは間違いない。その行為の一体どこにwin-winが含まれているんだ」
「でも、こちらの提案が相手の利益にもなるんだったら、その提案を通すことはwin-winになるのでは」
「なあ、おい。ちょっとは考えろ。自分の頭を働かせてみろ。誰かの利益になる、というのを決めるのは誰だ。相手なのか、貴様なのか。もし、貴様だったら、「相手の利益」じゃなく、貴様が相手の利益だと思っているものを押しつけているだけじゃないのか。そして、それがwin-winの理念なのか」
「それは……」
「なあ、おい。ちょっとは考えろ。考えるというのは、自分の意見にしがみつくことじゃない。自分の意見の反証可能性を探ることだぞ。一つひとつを取ってみれば、筋が通っているが、広げたり並べたりしたらまったく筋が通っていないことは山ほどある。で、俺様はそういうのが大嫌いなんだ」
「間違っているからですか?」
「そうじゃない。間違うことは悪いことじゃない。そもそも不完全な人類にとって、間違いは影のようなものだ。いつだって付きまとってくる。逃れることはできない。だからこそ、人類は前に進んできた。ただな、その場その場に応じて提出されるもっともらしい意見にはそれがない。カメレオンみたいに周囲の雰囲気に合わせて意見を変える。仮に何かを間違えていても、そこからの改善は起きない。だから、周囲の状況が変われば、また同じような間違いをおかす。メビウスの輪を歩いているようなものだ。それは、どこにもたどり着かない」
「なんか今回はシリアスモードですね」
「俺様はいつだって真剣だ。真面目じゃないだけで」
「たしかに、毎回単位ギリギリの出席日数しかない先輩を真面目と呼ぶのは無理がありますね」
「貴様! 誰が漆黒のボーダーブレイカーだ!」
「誰もそんなこと言ってませんよ。というかボーダーをブレイクしたら単位落としちゃってるじゃないですか」
「……」
「なんですか、その沈黙は?」
「まっとうなツッコミに驚きを禁じ得ない」
「そうですか、まあいいです」
「ともかく、そんな引用の寄せ集めコピペみたいな意見じゃ、面接でもぺらっぺらなことがすぐ露呈するぞ」
「先輩はごつごつしながら、さらにトゲトゲもしているから、やっぱり面接に落ちちゃうでしょうけどね」
「俺様が落ちるんじゃない。面接が上昇するんだ」
「ちょっと意味がわかりません」

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Rashita
物書きをやっております。実用書から小説までなんでもござれのハイブリッド物書きです。 ライフハックや仕事術、知的生産などに興味があります。

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