BlogArts

ブログ、隠れ家、書斎

本を書くことの面白さは、こういうところにもあります。

隠れ家としてのブログ、書斎としてのブログ | simple and bright

単に本が並んでいる場所ではなく、いろいろ読んで、考えて、書く場所。それが、書斎。PV追求のような雑音から逃れて静かに考える場所。隠れ家にして安全地帯。そうだったんだ!書斎としてのブログを設定することは、PVを追わないと決意することとある意味同義だったんですね。

私は『ブログを10年続けて、僕が考えたこと』の中で、「隠れ家ブログ」という概念を提出しました。

で、上の記事で紹介されているいしたにまさきさんの『あたらしい書斎』では、ブログをウェブ書斎(開かれた書斎)の一つとして位置づけられています。

でもって、書斎=男の隠れ家という補助線から、それって同義ですよね、という視点が上の記事では提出されています。

思いつきすら、しませんでした。

もちろん私も『あたらしい書斎』を読んでいますし、ちらちら横目に入るように本棚ではなく作業机のサイドテーブルにこの本を置いています。が、その関連性は考えもしませんでした。

こういうい不意打ちは実に楽しいものです。

そこで、あらためて『あたらしい書斎』を読み返してみました。

ところがウェブでは、自分が望みさえすれば簡単に、この「誰もが自由に集まって自由なテーマで情報共有する場」に参加したり、自分で作ったりできます。私たちが書斎で考えた成果は、広く共有し、誰かに役立ててもらったり、対話をしてさらに考えを発展させていったりしてこそ、「魔法の洗濯機」の恩恵を受け継ぐことができるというものです。

これは、『ブログ10年』本で提示した、「積極的な社会参加」の具体的な一つの形と言えるでしょう。

仕事の専門化・分業化が進み、それぞれの専門性の中でタコツボ的に密集してしまう環境がある中で、ウェブの空間はそのタコツボを抜けだし、その他の専門性と混ざり合いながら、自由闊達な意見交換を行える可能性をもたらしてくれる__これは言うまでもなく社会参加(≒社会とつながること)ですし、自分の本の表現を引き継げば、鍵と鍵穴の新しい組み合わせの探求でもあります。

月光会(ルナー・ソサエティ)といった例もありますが、そうした対話の場から生まれるものは、社会に対して提供できる何かしらの新しい知的リソースばかりでなく、たぶん自分自身の仕事や生活に返ってくるフィードバックもあるはずです。こうしたものを、数値化して「費用対効果」として計算するには無理があります。そういう物差しは、少なくともこのレイヤーでは無用であるばかりか、有害ですらあるのでしょう。

ブログにはさまざまな側面があり、記録として日記のように運営されているブログもあれば、商用メディアとして利益を追求しているブログもあります。ここでは、情報を共有し、対話する「開かれた書斎」のウェブ上の起点として機能するブログを考えます。

私はブログを4つのタイプに分類しましたが、ここではそれに近しい分類が行われています。そして、重要なのはそれぞれが違う「メディア」である、ということです。装置として似たようなものを含んでいても、メディアとしての志向性はまったく異なっており、同じように扱ってしまうと混乱が生じかねません。

軽トラックとセダンと高級リムジンとF1カーは、どれも「車」ですが、それぞれ志向性が異なり、使われる物差しも違います。軽トラックにF1カーのスペックが無いからといって非難するのはお門違いでしょう。少なくとも、議論を進めるならば、そこは丁寧に切り分ける必要があります。

そして、「ブログ」について考えるならば、≪情報を共有し、対話する「開かれた書斎」のウェブ上の起点≫をベースに考えたいところです。なぜならば、「日記のように運営されている」ブログは、日記のカテゴリーの中で思索が進められます。商用メディア的なブログでも同じことです。

それらは、メディアとして(日記もメディアです)、類似のものが他にあるのです。そう考えてみると、ブログのブログ的なものとは何だろうか、という疑問が立ち上がってきます。ブログというシステムが登場する前にはこの社会には存在していなかった、そしてブログ以降に誕生したメディアのスタイルとは何か、という問いかけです。

その答えは、__特にこの日本においては__個人が議論の起点となる場所を持つ、ということでしょう。それは、誰か著名人を引用しなくても、「すげーこと」だと言えそうです。


こうして考えてみると、私の『ブログ10年』本と、『あたらしい書斎』は、かなり似通ったことを書いています。

それって結構不思議なことです。@mehoriさんのLifehackLiveshowでご一緒するまでは、殆ど交流がなかったことを考えると、私が「強い影響を受けた」という可能性は小さいでしょう。だとすれば、なんとなく似た風景を見てきたのかもしれません。

もちろん、言うまでもありませんが、この記事だって「情報を共有し、対話する」ためのものとして機能しています。スタートは、私の思考の整理なのですが、着地点はそれとは違ったところになりうるのです。

その意味で、ブログの記事を書くことと、一冊の本を書くことには(規模の違いはあるにせよ)似た要素が潜んでいます。

▼こんな一冊も:

ブログを10年続けて、僕が考えたこと
ブログを10年続けて、僕が考えたこと 倉下忠憲

倉下忠憲 2015-05-28
売り上げランキング : 3820

Amazonで詳しく見る by G-Tools

あたらしい書斎
あたらしい書斎 いしたにまさき

インプレスジャパン 2012-09-21
売り上げランキング : 201360

Amazonで詳しく見る by G-Tools

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です