7-本の紹介

【書評】賢く決めるリスク思考(ゲルト・ギーゲレンツァー)

以前、次のような記事を書きました。

R-style » 二種類の「何が起こるかわからない」

「正しいドアの選び方」を習得していても、隕石が降ってきたら何の役にも立ちません。星の動きでその兆候を察して、さっさと逃げるのが得策でしょう。あるいは、その先見性があれば、隕石鑑賞ツアーや、隕石の欠片ビジネスで大儲けできるかもしれません。

ともかく、「正しいドアの選び方」のノウハウでは、対処できることに限界があるのです。

しかし、「金槌しか持たない者は、すべての問題が釘に見える」式に、正しいドアの選び方を知っているが故に、隕石が落ちてくるのを無視したり、あるいはドアを開ければ何とかなると思い込んでしまうことがあります。もちろん、悲惨な結果が待っています。

非常に困ったことに、人生の大部分は隕石の方の「何が起こるかわからない」で満ちています。そのため、世界の捉え方をより広く保ち、それに対処する考え方も複数持つ必要があります。

その話が丁寧に解説されているのが、次の一冊です。

賢く決めるリスク思考:ビジネス・投資から、恋愛・健康・買い物まで
賢く決めるリスク思考:ビジネス・投資から、恋愛・健康・買い物まで ゲルト・ギーゲレンツァー 田沢恭子

インターシフト 2015-05-30
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※献本ありがとうございます。

現代では、決定が難しい事柄が多々ありますが、本書はそれに対峙する力を提供してくれるはずです。

概要

原題は『Risk Savvy』。リスクに長けた人・リスクに通じた人、そんな語感でしょうか。副題は「How To Make Good Decisions」__いかにして良い決断を下すのか。つまり本書は意思決定のための一冊です。

ただし、本書にはそれ以上の意味合いがあります。具体的には、世界の認識(パラダイム)に影響を与えるのです。

目次は以下の通り。

  • ●第1部:リスクの正体をとらえよ
    •  第1章:人間はバカなのか
    •  第2章:確実性は幻想にすぎない
    •  第3章:なぜ守りの意思決定をしてしまうのか
    •  第4章:恐れはどこからやってくる?
  • ●第2部:賢く決める方法
    •  第5章:投資に失敗しないシンプルな法則
    •  第6章:リーダーは直観で決めている
    •  第7章:ゲームから買い物まで
    •  第8章:恋愛と結婚のリスク
    •  第9章:医師の多くは検査結果をわかっていない
    •  第10章:がんのリスクを知る
    •  第11章:迫りくる危機への解決策
  • ●第3部:リスク教育
    •  第12章:リスク・リテラシーを身につける学習

第1部

第1部「リスクの正体をとらえよ」では、私たちの認知の仕組みと共に、そもそもリスクとは何なのかが解説されています。重要なのは、確実性に関する世界の在り方は一つではない、という点でしょう。著者は3つのパターンを提示しています。

「確実性」
「リスク」
「不確実性」

最初のドアの例を再び持ち出せば、「確実性」の世界は、ドアが一つだけで、しかも透明な状態です。「こうすれば、こうなる」がはっきりと見えている世界。緻密な詰め将棋はまさにこの世界でしょう。

「リスク」(または既知のリスク)は、起こりうることが想定されているが、何が起こるかまではわからない世界です。四つのドアがあり、それぞれの期待値(「ドアの一つからは宝箱が、残り三つからはなまはげが出てきます」)が理解されている世界です。大量のデータを集めれば、統計的手法から最小の決断方法が見えてくるかもしれません。

最後の「不確実性」は、そうした計算が及びもつかない世界です。きっと隕石が落ちてきたら、皆が口を揃えて言うでしょう。「こんなことが起きるなんて、予想もしなかった」と。もちろん、口ひげを生やした専門家は、隕石が落ちてから「そういうことは、十分ありえたんだ」と得意げに言うでしょうが、それは常に後付けの理屈です。


ナシーブ・タレブはこれを「ブラックスワン」と名付けました。この概念は十分に理解されていないかもしれません。ブラック・スワンは予想し得ない出来事です。にも関わらず、知識やデータを増やせばブラック・スワンは回避できるかのように捉える人がいるのです。

著者は、タレブを引きながら、それを「七面鳥の幻想」と呼んでいます。つまり、それは幻想なのです。どれだけデータを増やそうが、専門家が「こんなことは1000年に一度しか起こらない」と憤慨するような予想外の出来事が起きえます。

本書では、そうした事態にどのように対処すれば良いのかも提示されています。それはちょっと驚く方法かもしれません。複雑な要素をできるだけ取り除き、極力シンプルな方法を用いる。あるいは、人間の直観を活用するのです。

なぜ、こうしたやり方が効果を発揮するのかは本書を直接あたっていただくとして、「少ない方がうまくいくことも多い」という知見は、複雑性に複雑さを用いて対処しがちな現代において効果的な解毒剤となるでしょう。

第2部

第2部「賢く決める方法」では、実際の事例を挙げながら、二つのツール(統計的思考と直観)をいかにして用いればよいのかが詳しく紹介されます。

紹介されている事例は、副題「ビジネス・投資から、恋愛・健康・買い物まで」にある通り、実に多岐にわたっており、特に第六章の「リーダーは直観で決めている」は、ビジネスの現場でも役立ちそうです。

面白いのは、リーダーはまず直観で決断を行い、それに現実的整合性のある理屈を後付けするという話です。これは、(少なくとも私の場合を考えてみると)非常に頷けます。

だからこそ、成功者が書いたビジネス書でその「理屈」だけを学ぶと失敗するのです。本当に必要なのは、最初に動いた「直観」です。それがなければ、「理屈を並べるのは得意だが、実務ではまったく役に立たない人」ができあがってしまいます。

この話は、もう一つの幻想である「ゼロ・リスク幻想」とも関わっているかもしれません。ゼロ・リスク幻想とは、「リスク」な世界なのに、それを「確実性」の世界と勘違いしてしまうことです。「ビジネス書を読んで、勉強したら、成功できる」というRPGのような考え方は、ゼロ・リスク幻想そのものでしょう。その幻想に取り込まれていると、現実的・実際的な変化は何も起こせません。

第3部

第3部「リスク教育」では、新しい時代で必要になるであろうスキルと、その教育の重要性が提示されています。著者は3つのスキルを想定しています。

  • 健康リテラシー
  • 金融リテラシー
  • デジタル・リスクへの対処法

たしかにこうしたスキルの重要性は上がっていきそうです。

少なくとも、社会の在り方と、そこで生活する私たちの生き方が変わっているのですから、これまで必要とされていたスキルとは別のものが求められることは間違いありません。

ただし、これらのスキルの教育を、既存の教育の中にいかにして埋め込んでいくのかは、かなり難しい問題でしょう。こうしたスキルの重要性に関するコンセンサスが形成されない限りは、実現は難しいかもしれません。

おわりに

一つのツール(意思決定の方法)だけで、すべてに対処しようとするのは無理があります。複数のツールが必要になってきます。

ただしその前に、世界には確実性に関して複数の在り方があるのだ、という点を理解しておかなければいけません。「確実性」と「リスク」と「不確実性」。決定を下そうとしているその事柄が、どこに属しているのかがわからなければ、適切なツールを選択することもできません。

特に現代では、理性の台頭により、「確実性」や「リスク」のようにコントロールできる世界の在り方が求められ、認知もそれに合わせて歪められている場合が多々あります。まずは、その認知(パラダイム)をバージョンアップさせることが必要でしょう。

▼こんな一冊も:

ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質
ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質 ナシーム・ニコラス・タレブ 望月 衛

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