アプリで読めばすべて無料、それでも単行本が売れる理由。マンガアプリ「comico」に聞く、スマホ時代のマンガコンテンツ。 | アプリマーケティング研究所
単行本の売れ行きが好調だったことには驚きました。例えば「ReLIFE」という作品は3巻で75万部の発行部数を達成しました、「アプリ上では全て無料で見られる」状態なのにです。
少し、思うことがあります。
たとえば、「全文無料で公開してるのに、本が売れた!」というと、なにやら驚きを感じるかもしれません。その驚きは、「全文無料で公開していたら、本は売れない」という前提から生まれているのでしょう。
でも、それって本当なのでしょうか。
これは話を進めるための修辞的な疑問ではありません。そもそも、その前提を確かめる実験が行われたことなんてあるのか、という疑問です。
これまで紙の本で、片方で無料で本を配りながら、もう片方で有料で本を売っていたことはあるでしょうか。少なくとも、そういうデータがないとはっきりしたことは言えません。もし、それがないのなら、「〜〜なら、本は売れない」ではなく「〜〜なら、本は売れないと思う」というだけの話です。それはいくらでもひっくり返していけます。
ものすごく単純に経済人(経済的行為の主体)を想定すれば、無料でコンテンツが読めるのに、有料のコンテンツが売れることはありえません。でも、やっぱりそれは単純すぎるでしょう。だって、同じ本を二冊も三冊も買う人がいるのですから。
もちろんそれは、その当人にしてみれば経済的合理性を持つ行為なのでしょうが、だとすれば無料のコンテンツでも、お金を出して買う人がいる、ことは十分に想定できます。だから私たち(つまり、コンテンツ・クリエーター)は、無料公開ときちんと向き合っていかなければいけません。なぜなら、「無料公開しても売れる」と「無料公開すれば売れる」は違うのですから。
4つのパターン
いくつかパターンを考えてみましょう。
- 価格差別
- 編集的付加価値
- 応援
- 所有欲
「価格差別」は、いろいろなパターンがあります。無料版の存在を知っている人と、その存在を知らない人で分ければ、後者はお金を払ってコンテンツを読んでくれる可能性があります。情報は均一に行き渡っているわけではないので、こういうことはよくあります。また、無料版を読むにはいろいろな手順が必要だけれども、有料はその手間がかからない、というパターンもあるでしょう。ただし、ここでは言及しませんが、そのアプローチはあまり効果的ではありません。
「編集的付加価値」は、無料版と有料版のコンテンツを変えることです。再デザイン、リライト、追加コンテンツ、エトセトラ、エトセトラ。一番よくある形でしょう。そうしたコンテンツはお金を出して買ってもらえる価値がある、というよりも、「お金を出しても買う価値がある」と思ってもらいやすくなります。
「応援」は、クリエーターへの応援の気持ちで物を買う行為です。わかる人にはわかるでしょうし、わからない人にはさっぱりな気持ち(行為)かもしれません。しかし、こういう動機もありえます。それを促したいならば、コンテンツとクリエーターがつながっている、ということをきちんとアピールする必要があるでしょう。
「所有欲」は、持ちたいという気持ちによる購買行為で、そのためには無料のコンテンツは「持てない」ようにしなければいけません。その意味で、編集的付加価値に近しい位置づけかもしれません。
さいごに
と、いろいろお金を払ってもらえるパターンはありえます。
もちろん、無料があることで、「お金を出してまで、このコンテンツは読みたくないけど、周りの人が騒いでいるしとりあえず買ってみるか」といった類の販売数は落ち込むことでしょう。その代わり、無料のコンテンツが動線となって新しい読者(お金を払うことに合意してくれる読者)を獲得できるかもしれません。このあたりは、個々の事例でジャッジメントが必要でしょう。
ともあれ、「全文無料で公開していたら、本は売れない」は真理でも真実でもなく、単なる思い込みだと思います。Web時代にその思い込みに囚われているとちょっと厳しいことになるかもしれません。しかし、重ねて書きますが、「全文無料で公開したら、本が売れる」というものではありません。そんな単純な話なら、作家人生なんて楽なものです。が、現実は過酷です。
とりあえず、一つひとつ「売れ方」というものを、あたらしい視線を持って確認していくことが必要ではないかと思う今日この頃です。