もし短距離走と長距離走の選手が同じスタートラインに立って、よーいドンすれば、短距離走選手の方がすごくみえますね。
もしお金がなくて困っているなら、大きな声で「おーい、お金の集め方に興味がある人、俺んところに来い!」と叫びましょう。なにかそれっぽい話をして料金を徴収します。後から「お前本当に儲かってるのか?」と尋ねられても大丈夫です。その時にはあなたの財布にはお金が入っています。
雑草と呼ばれていたって、それぞれはちゃんとした植物です。単にそれを呼ぶ方が関心を持っていなかったり、名前を知らなかったりするだけです。
だったら、雑念はどうでしょうか。
芸術家として生きるということは、称賛される可能性と拒絶される可能性を共に受け入れることです。どちらか一方だけを望むことはできません。
安心(アンシン)と慢心(マンシン)ってどこか似てますよね。それがアマなのかもしれません。
言い切れないことを言い切っている人を否定するのって、難しいです。
「これはこうだ」「それって本当ですか」「そうだよ。なんだ、文句があるのか。きちっと言ってみろ」「……」「ほら、言えないじゃないか。やっぱりこれはこうだ」
「自分もいろいろ悪い点があるのだから、他の人のことは細かく言わないでおこう」という人は、自分のことを棚に上げて他人を攻撃する人に対しても無言です。
人は人を救えるのかもしれませんが、どっちみち全ての人を救うことはできません。救われたがっていない人もいるわけで。
「本当の自分なんてどこにもないんだよ」と納得している自分は、どこにいるんでしょうか。
他人の押し入れはそっとしておきましょう。
人は、押し入れを効率的に整理するために生きているわけではありません。
たくさん本を読んでも、賢くはなれません。実例には事欠かないでしょう。
♪”成功”に向かって走る〜 あの列車に乗っていこう〜
駅があればいいんですが。